罪の果実


浮かない顔をしている彼女に会った。そんな彼女の顔を見た事の無い私は、声を掛けずに居られなかった。
「どうしました。姉さん。」
浮かない顔の彼女は、私を見ると、何時もの笑顔に戻った。其の顔に絆されたのは、何も拓也だけではない。私も又、絆された一人に過ぎない。尤も、拓也の気持ちを知った時点で、私の気持ちは、風化したのだけれど。
「龍太郎ちゃん。」
私は何時迄経っても、弟止まりなのだ。
「浮かない顔をして、折角の美人が台無しですよ。」
笑う私に、彼女も笑った。
「何も出ないわよ。」
「判ってますとも。」
前の席に腰を掛け、顔を覗く。何だか痩せた様に思う。拓也は其れを知っているのだろうか。其の拓也も又、痩せた様だけど。
「ねぇ、龍太郎ちゃん。」
彼女の声に、尋常さは無かった。
「嘘は云わないで欲しいの。」
「何です。」
「拓也は。」
次に出た言葉に、心臓が止まりそうになった。
「男なのよね。」
此の人は、何を云っているのだろうと、眩暈がした。男でなければ、何だというのか。同じ女だとでも思っていたのだろうか。
兎に角今の彼女は、まともな思考は持っていない。其れだけは確かだった。
「最近、拓也が、怖いの。」
心臓が、張り裂けそうになる。
「私を見るあの目が、酷く怖いの。」
気の所為では無いですか、等、そんな言葉、何時もなら、云えた筈なのに、今は云えなかった。無言で、聞く事しか出来なかった。
「あの目は、弟の目じゃないわ。知ってる。あれは男の目よ。なのに。」
彼女の目から、涙が落ちた気がした。
「喜んでる自分が居るの。」
「何を。」
益々混乱し始めた。私は、何と云えばいいのだろう。
拓也の気持ちを知った上で、何と声を掛けて云いか、子供の私には、判らなかった。
なのに、こう云ってしまったのは何故だろう。
「何を、馬鹿な事を。」
彼女の目。無意識に云ってしまった言葉は、取り返しがつかない事だと知る。
「そうよね。何を云ってるのかしら。駄目よね。私達。」
咽び泣く彼女。
「なのに、気持ちが大きくなるの。どうしたら良いの。何で。何で。」
何でこんな事になってしまったのだろうと、彼女は項垂れた。そうして、何時ものあの強い目を私に向けた。
「御願い。云って。龍太郎ちゃんなら、知ってるでしょう。拓也の事。」
私は視線を逸らした。其れが真実を云うから。知った真実に、彼女は、泣くばかりであった。
「私は、拓也が、好きなのよ。弟でなんか、もう、見れないわ。どうしたら。」
実った其れを、誰がもいでくれるのだろう。私でもなく、彼女でもなく、拓也でもなく。
一体誰が、熟れる前に毟り取り、地面に叩き付け、踏み潰してくれるのだろう。
彼女は私に其れを期待していた。なのに、私に其れは出来ない。出来る訳が無いのだ。




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