病的ヲトコ
仕事が終わり、少し寄り道をして帰った。素直に真直ぐ帰れば良かったと、玄関に並ぶ靴を見て思った。
拓也の靴の横に並ぶ小さな女物、其れも良く知っているブーツ。其れを少し蹴って、靴の横に置いた。応接間から声が聞こえ、矢張り在の女かと、私は珍しく眉間に皺寄せ、ドアーを開いた。
「井上先生。」
其の甘ったるい声に腹が立ち、拓也にだけ、只今戻りましたと告げた。其の侭居なくなろうとした私に、拓也はソファから立ち上がり、手を握った。
「話があるって。」
話なら、明日学校で云えば良いもの、態々家に来る等、御苦労な事だ。
「何かしら。蒔田さん。」
「御借りしていた御本を。」
「何時でも良いと云った筈よ。」
私は、此の生徒が嫌いだ。妙にくねくねし、甘ったるい声を出す。其れが酷く癪に触る。
何時に無く厳しい口調で私は云い、其れに拓也は少し困惑していた。彼女を一瞥すると私の腕を引き、ドアーを閉めた。ドアーに寄り掛かった侭拓也は私の頬を触り、如何したのと、向こうに聞こえない声を出した。視線を合わせず、怒りを見せる私の顔を拓也は下から覗き込み、黒い目を揺らした。
「如何して家に上げたの。」
「だから怒ってるの?」
「あたし、在の子嫌いなのよ。」
拓也の溜息が聞こえ、私は廊下に取り残された。廊下に迄聞こえる彼女の声を聞きたく無いが為、私は足音を立て自分の部屋に向かった。鞄を床に捨て、其の侭ベッドに沈んだ。其れから直ぐ彼女は帰ったらしく、階段を登る拓也の足音を聞いた。
「姉さん、入るよ。」
錆び付いた嫌な音が小さく聞こえ、手には本があった。
私は在の生徒が嫌いだ。
何時もこうして、何かしら私に行為を見せるからだ。
拓也から渡された本を、見開きを下に数回振ると、中から押し花が落ちた。彼女がどんな気持ちで其の花を本に挟んだかは判らない。きっと此の花が挟んであった頁には、愛の言葉があるに違いない。考えただけで吐き気がした。
「気持悪い。」
二度と其の本を触りたくない。其の侭ごみ箱に投げ捨て、私はベッドに横になった。
拓也は溜息を吐き、床に落ちている花を拾うと私に寄越した。
「要らないわよ。」
「俺からだよ。」
私の横に座り、ひらひらと花を揺らす。
「貰って下さいな、御姉様。」
「要らないってば。」
拓也が何と云おうが、彼女の気持が入る其れ等要らない。拓也は花を見ると、くっと喉の奥で笑い、握り潰した。乾いた花弁と茎は粉になり、拓也の息で消えた。
「女に好かれても、嬉しくない。」
起き上がろうと身を上げた私は、拓也に其れを止められベッドに沈み直した。何時に無く楽しそうな笑みで私を見下ろす拓也の顔を触り、私は薄く笑い掛けた。
「何?」
「姉さん、本当に其れだけ?」
「ん?」
厚い唇を親指でなぞり乍ら、眉を上げ意味を聞いた。何も云わず笑う拓也の優しい顔に私は息を漏らし、顔から手を離し枕に沈めた。
「姉さん、嫉妬してる。」
「誰に?」
「在の生徒さんに。」
くつくつと笑う拓也の姿に、何でも見通されて居る事が判る。
そう私は、彼女に嫉妬していた。
私の居ない間に、拓也と二人で話して居た事に。
拓也もそして彼女も、そんな気持等ちっとも持って居ない事は判る。けれど、拓也が他の女と同じ空間に二人切りで、声を交わして居たと云う事実に嫉妬して居た。拓也の全ては、私だけに向けられて居なければならないと云うのに。
黙った私に拓也は息を殺し、横に寝そべった。
「意外な発見。」
「馬鹿。」
「でもね残念。」
愛しい大きな手は、色粉を蓄える私の瞼を触り、目を瞑らせた。
「俺は毎日嫉妬してる。」
ずっとね、そう云う。
御互い様よ、ねえ拓也。
今日は私の負けかしらん。
其れでも良いの。
負けて居る方が幸せだわ。
私貴方に完敗よ。
T-ss