前日に嫌な事があったらしく、拓也は中々起き様とはせず、剥いだ布団の中で蹲る姿に呆れた。
「いい加減起き為さいよ。やがて昼よ。」
「今日休みでしょう…、もう少し放って於いて頂戴…」
御願い姉様、と“姉さん”では無く、昔の様に自分を呼ぶ拓也に姉は息を吐いた。敷布に伸びる髪を掬い、毛先で顔を擽ったが、鬱陶しいと跳ね退けられた。むっとした姉は拓也の尻を強く叩き、一生そうしていろと吐き捨てた。
「あたし、出掛けるから。」
「何処に…」
「拓也の知らない場所。」
「男…?」
「さあ、如何でしょう。」
艶めかしく姉は口元に手を添え笑う。其れに拓也はむっくりと起き上がり、姉の顔を凝視した。奇麗に化粧された顔に拓也は顔を崩し、又枕に顔を埋めた。
「浮気か、畜生…。此の阿婆擦れ…」
「失礼ね、誰が阿婆擦れよ。」
姉さん姉さん大好きよ、の拓也が此の私に暴言を吐いた、と姉は衝撃を受ける。此の侭ベッドと一体化しそうな程拓也の身体は沈み、阻止すべく身体を揺すった。
「たぁくや、起きて。」
「早く行きなよ…、色男の元に…。俺何て役立たずの御荷物だ…」
何が其処迄拓也を落ち込ませたのか。
天気が良いので、拓也を連れて買い物にでも行こうと考えて居たのだが、如何も無理そうである。新しい服が欲しいかったのだが、此のうじうじぐたぐたした弟の相手をする羽目になった。
「新しい服、欲しくなぁい?」
耳元で姉は囁き、身体が跳ねる。しかし首を振った。
「俺が欲しいのは服じゃない…」
「じゃ、何が欲しい?」
顔に流れる漆塗りをした様に艶を放つの細い髪に隠れている目は一瞬、研磨を終えた鉛玉の様に光った。其れは丸で飴玉に見え、子供が求める様に手を伸ばした。
厚い唇が薄く開き、真横に伸びる。
「其の口元の紅を、私の口に、下さいな。」
黒い髪、黒い目、黒い睫毛に眉。其の中に歪に咲いた真赤な花は、二人の末を笑う様に奇麗に萌え出ていた。




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