姉さんの髪は、何時からあんな色をして居るのだろうかと、拓也は思った。ずっと其の色であるから、生まれた時からそんな色なのだろうと別気にして等居なかったが、其の疑問は突如湧いた。
偶然に見た、姉が勤務する学校の卒業アルバムを見た時だ。
姉の髪の色は白に近い色合いで、普通に考えれば判る筈なのだが、拓也は疑問さえ持たなかった。
其処に写る姉の髪は、殆ど白く写って居た。然し、拓也が知る“写真の姉”の髪色は、真黒なのだ。
「姉さんって、何時から在の髪色何だと思う。」
塀越しに拓也は龍太郎に聞き、龍太郎は持って居た竹刀を器用に手首で回した。
「ずっとだろう?」
「やっぱ龍太も判んねえか。」
「父さんに聞けば判るかも知れん。が、聞く勇気、今は無い。」
今朝、起床時間が七分遅かったと雷を落とされたばかりだ。
思い出した龍太郎は身震い起こし、器用に回して居た竹刀を地面に落とした。竹刀で遊ぶ事は御法度、尚且其の最中に落とした。辺りを挙動不審に見渡した龍太郎は慌てて竹刀を地面から取り、無い父親の気配に安堵した。
「見られてるぜ、絶対。」
「父さんは地獄耳だ。何故居間に居るのに、此処の素振り音が聞こえる。」
「そらぁ、狼だからだよ。」
拓也は笑い、龍太郎の肩を二三回叩いた。稽古に戻った龍太郎の竹刀の音を聞き、虫が飛んで居る様な其の音に拓也は疑問を濃くさせた。姉に直接聞けば良いのだが、姉は職業柄と云おうか自分の事を聞かれるのを至極嫌い、曖昧に笑ってははぐらかす癖がある。如何せ聞いても答えは知り得ないのだからと拓也は聞かない。
疑問だけが色濃く残り数日経った或る日、矢張り道場裏で素振りをして居た龍太郎が云った。
「姉さんの髪だが。」
父親の機嫌が良い時に其れと無く聞いた。
拓也の思惑通り、姉は昔、拓也以上の艶を持つ黒髪であった。別珍の様に光り輝き、青く光り、揺れからは其の柔らかさを彷彿させた。其れが或る日を境に、色素が抜け始めた。
何時。
母親が死んだ日からと云う。
姉はかなり母親を愛して居たらしく、又支えとし、其の母親が死んだ其の晩から見る見る色素が抜け始めた。そして其の二ヶ月後に、父親が自殺した。
其の時から、見事だった其の髪は見る影を無くし、今の拓也が知る髪色となった。
艶を無くし、色を無くし、両親を亡くした姉の心情が其の侭表れ出た。
「そっか。」
聞いた拓也は少し笑い、自分の髪を撫でた。貴方の髪は本当に奇麗、と笑い撫でる姉を思い出した。
「だから姉さんは。」
自分に髪を伸ばす様望んで居るのだと知った。
失われた髪を、弟の髪で代用した。奇麗ねと繰り返し櫛を入れる姉の指先。
「俺、切れないじゃん。」
「そうだな。永遠に伸ばす事になりそうだな。…後ろから持ってやろうか。」
其の内丸坊主にしてやると拓也は笑ったが、切られる事は無かった。姉の心情が表れた髪は、拓也に迄表れた。姉が死に、生きる意味さえ、何故呼吸をして居るのか其れさえ煩わしいと思った其の時でも、髪は嘲笑うが如く艶を増した。何度も切ってやろうと鋏を持つが切れる筈が無く、手は震え、唇を噛み締めた。
泣く度に艶は増した。
姉を思う度、伸びた。

「ダディの髪を、切らないで…」
「もう、良いんだ………」

望んで居たのかも知れない。誰かにこうして、無理矢理に呪縛を解かれる事を。なのに、姉への思いは消え無かった。雁字搦めの其の愛情は、拓也の髪を伸ばし続け、今も尚、色を抜かす事は無い。




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