雛人形への恋


奇麗な人形には奇麗な服が似合う。元は奇麗だったのだろうが年月が経ち、目も当てられない程汚く為った。余程の気に入り、毎日遊べば、そりゃ汚くも為る。遊ぶ事さえ嫌に為った汚い人形は捨てられた。
でも、捨てる者居れば拾う者あり、神は何もしちゃ呉れない、高みの見物で、人形を見る。
「きゃー、奇麗っ」
「触んなっ」
うっかり馬鹿娘に見られた。
雛人形はやっぱり奇麗で無いと駄目、特に三月の、在の日は。誰よりも奇麗で、一番上に座らないと。
「何よ…怒鳴らなくても良いじゃん…」
こんな奇麗な振袖、見た事無いと娘は云う。娘はやっぱり馬鹿だから、今日の自分の為に用意された物だと勘違いした、御生憎様、御前には官女が似合いだよ。
「悪いけど、御前のじゃねぇから。」
「嘘…」
じゃあ誰が着るかって?
「毎年毎年、新調するか。紋付と振袖何て一枚ありゃ良いんだよ。」
「一杯欲しいよ。」
「何処に着てくんだよ…、昔の姫じゃ無し…」
「判んないけど欲しいよ。」
「判んねぇのに欲しがるんじゃありません。」
頬を膨らまし不細工な面晒す娘に構って居るのが阿呆らしく感じた。
昔っから思う、何で女の荷物ってのはこんなに多くて嵩張るんだって。
梅は散ったか、桜は咲いたか。
馬車の中からそんな事を思った。
「喜ぶかな?」
喜んだ時、在の雛人形はどんな笑顔を見せて呉れるのか。俺は未だ知らない。
一年に一度、立春が過ぎた頃から一ヶ月だけしか箱から出ない雛人形。でもって俺の雛人形は、箱から出しても貰えない。牛車も屏風も段も無い、隣にも居ない、たった一人の雛。
「何、住むの?旦那。大荷物抱えて。」
「娼館に住むってどんなだ。」
馬車から下ろした荷物、輿入れには少な過ぎるが、充分だろう。
俺の雛人形は、箱から出ない。出して貰う事さえ知らない。誰もしないなら俺がする、奇麗に飾って、見て遣ろう。俺の大事な雛人形。たった一人の、雛。
「旦那あ。」
先ず先ずは上等、名前も判らない花が萌えた様な笑顔。
暗い箱から出して遣ろう、そして、誰よりも奇麗だって事を、思い出させて遣ろう。
「何此れー。奇麗ねーぇ。」
「振袖、知らねぇの?」
「知らなあい。」
「一寸一寸旦那、あたしにも何か頂戴よ。」
「何で。御前、女の子じゃねぇじゃん。」
「二十年前迄は女の子だったよ。」
俺と彼女の会話何か聞いちゃ居ない。奇麗な服に頭を振る。
「御前、着せて。」
「やだよ、振袖って面倒臭いんだよ。」
俺が着せて遣っても良いが、如何せなら、出来上がった其れを見たい。一寸囁いて遣ると彼女は満更でも無い顔で笑い、唇を突き出して来たので、顔を逸らした。
悪いが、大奥総取締に興味は無い。側用人にも。俺が興味あるのは御台。
嗚呼そう、俺、昔から思ってた。此の桔梗館、何かに似て居ると。他の娼館より秀でた、赤線街に君臨する桔梗館。遊郭、とは一寸違う。遊郭は、向こうの方が上だから。雛人形みたいな女が上座に座って、其れこそ高みの見物してる。
娼館は違う、客が上。其れで桔梗館は、客を将軍様みたく扱う。金があるから何だけど。陸軍の慰安所を見た事あるから、一層そう思う。在れは酷い、此の世の地獄みたく混沌としてる。
桔梗館、大奥そっくりだ。見た事無いけど。
此処は女一人一人が御台様で、客一人一人が将軍様。一時の時間、鈴鳴り廊下が鳴る。取締るは彼女、吃驚した、考える程大奥だった。
側室は沢山居る、だけど御台は一人だけ。其れが雛子、御前だよ。
「出来たよ。」
俺が御台に会うには鈴鳴り廊下は歩かない、暗い地下牢中、暗い箱に閉じ込められてる。
吃驚した、こんなに奇麗だったんだ。本当に、本当に雛人形じゃねぇか。何て奇麗な、俺の御台。
「雛子。」
「えへへ、奇麗ねぇ。」
奇麗なのは模様じゃない、絵柄じゃない、雛子、御前だよ。御前は其れに気付いてない、花が自分を奇麗と知らない様に。花弁揺する様に長い袂揺らして、長く帯垂らして、真っ白な小さな足に草履を履いて、抱きもしねぇのに大金叩いて、キッス一つで満足する、俺も御前も甘いもんだ。
雛霰に甘酒飲んで、そうか雛子、雛祭りって甘いんだ。御前に良く似合いの祭りだよ。




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