梔子


甘い、梔子の香りに誘われ目を覚ました私は数回瞬きをし、視界と、頭をはっきりとさせた。甘い香りに包まれた彼女はそっと笑い、小さな唇を重ねた。
現実に近い悪夢、悪夢に近い現実。
其れが、昔に見た甘い夢だと、私は知った。
現実は残酷で、夢は儚く、伸ばした腕は空を切り、其処に何も無い事を教える。
私は声に為らない声を出し、体を丸めた。
確かに、確かに居た筈であるのに。
私は叫んだ。
何度こうして、目を覚まし、叫び、嗚咽に苛まれ、自我を失う。

一緒に居ると、約束したのに。

絶対、一人にしないと、誓ったのに。

何があろうと、此の腕で守りぬくと、見えぬ神にさえ、誓ったのに。

現実は、無情で、残酷で、そして、冷たい。
自分より大事な命が、私の腕から離れた時、私は神を呪った。
神も、そして、死神も。

地獄に堕ちる、彼女はそう笑い、もう一つの命と共に、消えた。

彼女が何をした。

彼女は何も悪くは無い。

悪いのは全て、禁忌を犯した、私だと謂うのに。

彼女は唯、私の愛の応えた、唯其れだけだと謂うのに。

悪いのは全て、私。

此の、私なのだ。

私であるのに、彼女を奪った。
此れが罰なら、充分だ。
私は充分過ぎる罰を貰った。
其れなのに。

こうして神は、時折私を弄ぶ。

一番幸せだった頃の記憶を再生させ、私を弄ぶ。

最愛は此の女だろう、と言わんばかりに。

嘲笑う神の声。
こっちに来いと誘う、死神の声。
愛する彼女の、柔らかい声。
友人の、大切な声。

もう、何も見たくない。
聞きたくない。


「梔子ガ、咲イタナ。」
「―嗚呼。」



梔子等、消えて仕舞えば良いのに。




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