未完成ゲノム
「プレゼント、何が欲しい?」
カーテンの隙間から漏れる、白い柔らかな光に照らされた寝起きの綺麗な顔に問いかける。砂状のラメを散りばめられたようにちらちらと透ける髪に指を梳かしながら、髪とお揃いのまつ毛がぱたぱたと瞬くのを黙って見ていた。
「……プレゼント?」
「うん。青宗お誕生日でしょ?」
本当は内緒で用意しようと思ったんだけど思いつかなくてと続ければ、いらないと小さく答える青宗。
「せっかくのお誕生日だもん。なにか用意したい」
「何もいらねえって。ナマエが傍にいてくれればそれでいい」
話は終わりだと言うかのように布団の中で頭ごと抱き締められてしまう。すぅっと息を吸えば、柔軟剤の匂いに混じって優しい青宗の匂いがする。耳を胸に当てればとく、とくっと青宗の胸を揺らす音。もうひとつ息を吸えば、頭上からふっと笑う声が聞こえた。
「嗅ぎすぎ。犬みたいだな」
言葉のぶっきらぼうさに比べて優しい声音に、顔を上げた私の頭を緩く撫でる手。その心地よさにまた目を瞑ると、また犬みたいだと笑われる。
「名前は青宗の方が犬っぽいのにね」
「どこが」
「いぬぴ」
ぺちっとおでこに突撃する青宗の指先。
けらけらと笑えばベッドから青宗が起き上がる。その後に続くように起きてふたりでキッチンに行けば、自分の分と私の分のお水をコップに注いでくれる。
当たり前のように渡される優しさに、ほっこりと胸が温かくなる。
「ねぇ、何がいいの?なんでもいいよ?」
「本当になんにもいらねぇって」
「私の気が済まないんだけど。好きな人の誕生日くらい祝わせてよ!」
戯れるように拳を振ると、いともたやすく青宗の手に包み込まれてしまった。そのままにぎにぎと遊ばれる手を眺めながら、そもそもプレゼントを思いつかなかった私が悪いんだよなぁと一人反省会を開いていると、じゃあと青宗が口を開く。
「今日一日、俺のわがままを聞くって言うのは?」
「……っ!聞く!なんでもわがまま聞く!」
傾げた首と一緒にさらりと流れた髪に気を取られて聞き逃しかける。慌てて首を縦に振ればホッとしたように細められる瞳。
そこからは青宗の望むままに家の周辺や公園でのんびりデートをして、14時過ぎにはスーパーに寄って手を繋ぎながら買い物を楽しむ。青宗の誕生日ケーキも一緒に選んでふたり帰路に着く。
青宗から言われることはなんでも首を縦に振って応えたものの、本当にこんなのでいいのかと思うほどに特別感のカケラもなかった。
二人で作った夕飯を口に運びながら本当にこれでいいのかと考えあぐねていると、ゆったりとした声に名前を呼ばれる。
「疲れた?」
「ううん!全然!むしろもっとわがまま言っていいよ!」
任せなさい!と自身の胸を叩く真似をすれば、幾分か柔らかくなる青宗の表情。その表情に青宗は本当にこれを望んでいるのだと少し安心した。
次の要望は何かと思えば「一緒にお風呂に入りたい」と。恥ずかしい。断りたい。というかいつもであれば断っている。しかし青宗の誕生日。
うんうんと唸っている私を見て楽しそうに微笑む青宗。意を決してバッとかおを上げて「いいだろう…」と言えば、今度こそ堪えきれなくなったように声を出して笑う青宗。珍しく大笑いする青宗につられて私まで笑ってしまう。
一頻り笑った後、結局二人でお風呂に入ればちょっとそんな雰囲気にもなったりして。のぼせる前にお風呂を上がると、青宗に髪を乾かしてほしいと頼まれた。
ソファーに座りながら綺麗にさらさらと流れる髪を丁寧に乾かしていく。指を通すたびに気持ちよさそうに私の手のひらに頭を寄せてくる青宗が愛おしい。
「はい、おしまい」
「ん、さんきゅ」
ドライヤーを終えて片付けると、こちらに向き直って座る青宗。私がソファーに座り直すと、私の膝に頭を乗せてころりと横になる。その頭を撫でながら、一日中どうしても気になっていたことが口からこぼれる。
「……本当にこれでよかったの?」
「なにが?」
「お誕生日なのに、特別なこと何もしてない」
「特別だよ」
どこが?
そう思えばころりと転がってこちらを見上げる青宗の綺麗な瞳。するりと私の頬を青宗の手が滑る。
「こんな風に当たり前に過ごせる時間が俺にとっては何よりも特別なんだよ」
少し低めに吐き出された寂しさを私の耳が拾う。
そうだ。青宗は“当たり前の日常”をなくしたことがある人だ。
ぎゅっと締め付けられる胸に鼻の奥がツンと痛くなる。壊れ物を扱うように私を撫でる青宗の手に私の涙が滑った。
「ナマエが泣くなよ」
眉を下げてしょうがないなと言うように笑う青宗。
どうしようもなく青宗が愛おしくて、綺麗な顔をより神秘的にしている引き攣れ変色した皮膚を撫でる。
青宗がひとつ息をついて起き上がると、今度は服の袖で涙を拭われた。
「泣け泣け」
「……もう泣かないもん」
私が泣くともっと泣けと言う青宗。その度に私がもう泣かないと言えば、そうかと薄く笑う。
ぐずり、と鼻をすすって青宗に向き直る。そっと両手で白い頬を包む。
「ねぇ青宗。青宗に未来の約束をするのは失礼かもしれないけど、私はこれからもこの日を一緒に過ごしたいと思ってるよ」
青宗の目を真っ直ぐ見つめて伝えると、みるみるうちに見開かれていく綺麗な緑がかった瞳。
「その度にこうして特別な日を過ごそう」
今度は静かにその瞳からぼろぼろと雫が溢れていく。拭けども拭けども流れてくる涙を、さっき青宗がしてくれたみたいに服の袖で拭う。
「泣け泣け」
「……うるせ、」
いつもの仕返しにと青宗にいつもの言葉を言ってやればうるさいと言われてしまった。理不尽すぎる。
涙の止まった青宗を抱き締める。
「だいすきだよ、青宗」
「あぁ、俺は愛してる」
君が私にとっての当たり前を特別だと言うなら、これからも特別な日々を過ごそう。
“傍にいられるならなんだっていい。”
一番無欲なようで、一番欲張りな君をこれからも愛してるよ。
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