少しのミルクと少しの毒薬
ぴたりと足が止まった。
ナホヤは今日先に帰って集会前に済ませたい用事があるとかで、終礼のチャイムと同時に帰ってしまった。そんな珍しく一人である学校からの帰路。
住宅街を通り公園の前に差し掛かった時、見知った女子と見知らぬ男子が対面で立っているのが見えた。
女子の方はナマエちゃん。クラスメイトで、俺の好きな人。男子の方は……校内できかけた記憶はあるので、同じ学校の人だろう。男子の方がナマエちゃんに何か一生懸命話している様子が窺える。
おそらく…おそらくだが、推察が正しければ告白しているのかもしれない。男子は身なりが悪いわけでも、過度にチャラついている感じもない。ナマエちゃんも制服はあまり着崩さず、スカートは膝少し上、Yシャツのボタンは2個目までしか開けておらず、カーディガンもほぼジャストサイズという優等生すぎず不良でもない着こなしだ。
ナマエちゃんみたいな子には、俺みたいな不良よりもああいう男子の方がお似合いなんだろうなと、そう思いながら足はその場から動かなかった。
ナホヤと違って俺の顔つきは怖いんだろう。いつも怒っているように見えると恐怖されるのは今に始まったことじゃなかった。それでも母さんや父さん、俺たちをよく知る人は平等に接してくれた。だけどまぁ、怖いことには変わり無いようで、おまけにナホヤと俺で以前は“双悪”なんて名乗って喧嘩はしょっちゅうだったし、今も“東京卍會”という所謂暴走族に所属している。そこの肆番隊隊長がナホヤ、副隊長が俺。
そんな噂は、多感な時期の同年代の中ではすぐに広まり、あまり人が寄り付かなくなった。
ナホヤは顔つきが基本笑顔で、それなりにうまくやっている様子だったけど、俺は基本が怒り顔なのと若干の人見知りがある為か、うまくできている自信はなかった。
そんな時なんの臆面もなく話しかけてきたのがナマエちゃんだった。
「俺のこと、怖くないの…?」
一度そう聞いてみたことがあった。
「ソウヤくん怖いの?」
「だって、ほら…噂、知ってるでしょ?」
「不良だってやつ?でも不良なことと、ソウヤくんの性格はイコールにならないよね?だって実際に優しいし」
そうあっけらかんと言ってのけた。
その姿が眩しくて、心からありがたかった。その瞬間に、俺は彼女への想いを自覚した。
視線の先には未だに何かを言っている男子と、身振り手振りで拒否しているナマエちゃん。
俺を優しいと形容してくれた優しいきみに恥じないようにいたい。そう思えば、自然と足が動き出し公園の中へと入っていった。
「なにしてるの?」
ナマエちゃんと男子の間に割って入る。俺の顔を見た男子は、一歩後退して、またキッと俺を睨む。
「邪魔すんなよ」
その顔には矢張り見覚えがあった。確か隣のクラスにいた気がする。
「俺、邪魔?」
背中に隠したナマエちゃんに視線だけ寄越し問えば、ふるふると首を横に振る。
「邪魔じゃ無いって」
「……っ!邪魔なんだよ!空気読めや!」
ガッと掴みかかってくる男子の腕を掴んで引き剥がし、地面に投げ落とす。
「好きな子が嫌がってるんだから空気なんて読まないよ。あと、危ないから喧嘩は吹っかけない方がいい。“河田の噂”、知らないわけじゃないでしょ?」
地面に転がる男子の顔を見下ろしながら、男子が一歩後退した理由を投げ掛ければ、びくりと肩をすくませた。多分ナホヤに比べて運動神経が悪い俺を弱いと思ったのだろう。実際ナホヤに比べたら弱いけど、それでも喧嘩慣れしているのとしていないのでは雲泥の差だ。
「ほら、立てる?そんなに強く投げたつもりはないから多分大丈夫だと思うけど、念のためにお家か病院で背中見てもらってね」
手を男子に向かって伸ばせば、男子はその手は取らず罰が悪そうに自力で立ち上がり走って去っていった。
くるりと振り返ってナマエちゃんの方を向けば、顔を真っ赤にしてこちらを見上げ硬直している。
「ど、どうしたの!?どっか痛い?」
女の子相手に容易に触れるわけにもいかずワタワタしていると、ナマエちゃんの口が開いた。
「ソウヤくん、私のこと、好き、なの…?」
「……え!?なんで…!?」
「さっき、自分で……」
大慌てする俺に先程俺が言った言葉を復唱するナマエちゃん。恥ずかしくて死にそうだ。
「ごめん…迷惑だよね、俺が勝手に好きなだけだから…」
突然不良に好きだと言われ、目の前で人を乱暴に扱うのを見れば、さすがのナマエちゃんも嫌うだろうと俯けば、なんで?と聞こえた。
「迷惑なんかじゃないよ」
「でも、目の前で人に暴力を振るったんだし…」
「でもそれは私を守るためでしょ?それに、結局最後相手の体まで心配しちゃってたし」
ソウヤくんは、やっぱり私の知ってる優しいソウヤくんだよ。そう言って笑ったナマエちゃんは、あの日と変わらず綺麗で眩しい。
「それに、私だってソウヤくんが好きだもん。ソウヤくんが私を諦めるなら、学校中にソウヤくんにフラれた〜!って言って回ってやる」
思いもよらない告白と、なんとも可愛い悪戯に顔がみるみる赤くなるのがわかる。
彼女は思っていたより優しく眩しいだけじゃないかもしれない。もっといろんな顔を見せてほしい。
再度向き合い改めて告白をすれば、特大のハグをもらって、この日は結局夜の集会まで顔の赤みがひかなかった。
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