計算された価値観
もしもの話をしよう。
もしも、今この隣で寝ている灰谷竜胆とクリスマスを過ごせたとしたら、私は何をするんだろう。
極たまに事務所に帰ってくる幹部たちは、普段どこで何をしているんだろう。
幹部の中でも鶴蝶さんや三途春千夜はよく事務所にいる。方や、灰谷兄弟は事務所にいないことが多い。やはり自宅が居心地いいんだろうか。
そんなことを考えながら、ソファに横になって安らかな寝息を立てる灰谷竜胆の顔面を見つめていると、その綺麗さに嘆息がもれた。普段三途さんや兄の蘭さんと一緒にいることが多いからか、特別綺麗だと感じることは少なかった。こうして落ち着いて彼の顔だけを見ていると、凛々しく上がった眉毛に、量が多いわけでは無いものの、綺麗にセパレートされた長いまつ毛。鼻筋も通っているし、ぽってりとした唇も愛嬌がある。
この人はどんな女性を好きになって、どんなデートをして、どんな風に女性を愛するんだろうか。
暖房の効いた部屋の中で、革張りのソファに身体を預けきっている竜胆さんの顔を見つめ続けていると、急にパチリとその目が開いた。
「いつまで見てんだよ」
穴開くわ。
そう言って体を起こした竜胆さんに固まる私。
「なに?なんか用?」
「え、いや、用ってほどのことでは…ただ、竜胆さんはクリスマスどういう風に女性と過ごすのかなって…」
何を言っているんだ。九井さんのサポートレベルの事務の私にそんなこと関係ないだろう。
竜胆さんは何を考えているのか、じっとこちらを見つめたまま口を開かない。何か言ってほしい。何か言ってくれれば、この気まずさも緩和されるのに。
「知りてぇの?俺のこと」
「え!あ、はい…知りたいです」
竜胆さんからの問いかけに素直に答えれば、一瞬視線を斜め上へとやって、こちらに戻ってきた。
「昼間は大抵仕事だろうし、仕事終わったら迎えに行く」
丁寧に順序立てて説明してくれる竜胆さん。いい上司だなぁ。
「迎えに行ったら、最初にショップに連れて行って上から下まで全部揃える」
開始1分。既に一般人の理解の範疇を超えた。
「え、全部ですか…?」
「当たり前だろ。特別な日は特別可愛くしてやりてぇし」
お、男前だ…と喉元まで出かかった言葉をそのまま飲み込んだ。
「そのあとは、行きたい店聞いてもどうせなんでもいいって言うだろうし、俺が行った中で一番美味い店に連れてく」
「な、なるほど…」
竜胆さんの口振りに引っ掛かりを覚える。
「飯食ったら、夜景が綺麗に見えるホテルだな」
ホテル。その言葉にいやでもその先を想像してしまう。灰谷竜胆が女を抱いたことがないなんて思わないけど、それでも胸の奥が痛いのはどうにかならないものか。
「男が女に服を贈るのは脱がせるためだからな。お前も覚えとけよ」
「は、はい…まぁ、私には無縁だと思うんですが…」
ふぅん、とさして興味もなさそうに相槌を打つ竜胆さんは、今誰を思い描いているのだろう。先ほどから竜胆さんの口振りに引っ掛かりがあったのは、明らかにクリスマスを過ごす“女性”が誰か特定の人を思い浮かべているからだ。
じくじくと心臓が痒い。
「お前今日の分の仕事は?」
「あ、もう終わりました」
だからこそ竜胆さんのご尊顔を眺めていられたのだが。
「うし、じゃあ行くか」
「へ?どこに?」
「まずは服屋だな」
「なぜ?」
「クリスマスデート」
「誰が?」
「俺とお前が」
お前九井の下で経理やってるくせに実は頭悪りぃの?と眉根を寄せられる。
「いや、だって、それじゃあ…!」
「あ、今年はホテルじゃなくて夜景の見える場所に行ってそのまま家まで送ってやるから安心しろ」
そういうことではない。激しくそうじゃない。
「来年からはホテルだから」
頭の中は大パニックだ。一体全体どうなっている。なにがどうしてこうなった。
「おら、早くしねぇと置いてくぞ」
それでも、竜胆さんの言葉に戸惑いつつも、喜んでついていってしまうのだ。
つまり、私は彼に恋をしているということだろう。
今はそれしかわからないが、それが分かれば十分だ。
今のところは、この人生で一番大きなクリスマスプレゼントを受け取っておくことにしよう。
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