時に真剣に時に笑いながら口にする
月曜日の昼下がり。たまにはと有給を取得して贅沢な休みを手に入れたので、午前中に家事を終わらせてドラマを見たり本を読んだりと、気の赴くままにお休みを満喫していた。
ソウヤくんも昨日同窓会があったとかで、ラーメン屋さんも店休日にして昨晩から我が家に泊まりに来ている。朝起きた時に布団から覗くほわほわとした青いくせっけを見ることができるのは貴重で、それもまた贅沢な時間だった。
就寝時間が遅かったとはいえ、今朝も普段の癖で早く起きてしまったソウヤくんは、それでも眠気で開かない瞼を携えて、「おはよ、」と口の中で呟いていた。
顔を洗ったソウヤくんは幾分かすっきりした顔でリビングへと顔を出した。
「買い物、行ってくるね。何か必要なものある?」
「あ、それなら私も行くよ」
私の提案に、いつもなら僅かに頬を喜ばせるソウヤくんが、今日は少し口をもごつかせて一人で行くと言った。
「あ、そっか…うん、わかった」
思わぬ拒絶に動揺が隠せなかった私と、明らかに何かを隠しているソウヤくん。
お互い隠し事が苦手な性格ゆえに、如何ともしがたい気まずい空気が二人の間を漂う。
「…じゃあ、行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
玄関でいそいそと靴を履いて出かけるソウヤくんに手を振って見送る。
どちらもちゃんと笑えていなかったであろうお見送り。
まぁ、一人で行きたいときもあるだろうと何とか自分を納得させる。それでも彼の態度が、喉に魚の小骨が刺さったような苦しさと痛みを伴って、心臓が嫌な空気に纏わりつかれた。今呼吸を可視化できるなら、おそらくドロついた暗い色をしているだろう。
午前中のそんなことを振り切るかのように家中を掃除して、午後の現在に至る。
一通り溜めていたドラマも見終わって、ごろりとソファに横になった。このソファにソウヤくんと並んで座り、最近あったことを話すのが大好きな時間だ。部屋に差し込む午後の柔らかい光に目を閉じると、つい最近話していた時のソウヤくんの顔が浮かぶ。ベースが怒り顔だから勘違いされやすいが、穏やかで優しい性格のソウヤくん。彼の話す声のトーンは顔つきよりも性格にぴったりと合う、柔らかく少しかすれたもので、私はそれがとても好きだ。
彼のよそよそしい態度の要因は分からない。でも、きっとそこには彼のやさしさがある気がした。
ぼんやりと思考を巡らせていれば、玄関から物音がした。鍵が開く音、扉が開く音、鍵をシューズボックスの上に置く音。一つ一つ丁寧に音を拾うと、その全部がソウヤくんだとわかる。
「……ナマエちゃん、?」
なんとなく悪戯心が芽生えて、目を瞑ったままたぬき寝入りをしてみた。
「……」
静かなソウヤくんの呼吸音だけが聞こえる。と、仰向けに寝ている自身の胸元に突然重みを感じた。Vネックから覗く肌に触れた柔らかい髪質の感触から、ソウヤくんが頭を預けたのだと理解する。その心地いい重さに段々と本当に眠気が襲ってくる。
「……ナマエ、」
小さく、本当に小さく零された私の名前。どくんっ、と音を立てて、呼吸が苦しくなるほどに心臓が早く大きく鼓動する。出会ってから一度も彼の口から紡がれることはなかった、呼びすて。先程までの眠気なんて何処へやら。ばくばくと自分ではコントロールの聞かないスピードで早鐘を打つ心臓に、閉じているはずの目が回る。
ずり、と胸元に乗ったままのソウヤくんの頭が動いた。瞬間、バッと勢いよくその感触が消える。
「…お、きてる…でしょっ!」
詰まったように震えを含んだ声にそろりと瞼を持ち上げると、デフォルトの怒り顔に照れを織り交ぜ、真っ赤に染め上げた顔をこちらに向けたソウヤくんと目が合う。
「オキテマシタ…」
ごめんね、と言えば、ハァと息を吐いて、ぽすんっとまた頭を私の身体に預けた。
「ねぇ、」
頭を預けたままこちらを見るソウヤくんからの声に、ん?と返せば少し目を伏せる。
「……これからも俺と一緒にいてくれる?」
「え、うん。いるよ?」
唐突な質問に戸惑い返答すれば、じゃあと続けられた言葉。
「今度、一緒に指輪見に行こう」
「え、」
ぴたりと固まる。時間が止まったかのようにそのまま数秒硬直していれば、ソファに投げ出された私の手をとるソウヤくん。
どうやらここ最近指輪を見に行っていたが、今日になってもいいと思う物に巡り会えなかったと。
「それに、やっぱり一緒に選びたいと思って」
そうはにかんだソウヤくんに胸がぎゅっと締め付けられる。
「名字、一緒になったら名前呼び捨てにしてくれる…?」
意地悪くそう聞けば、ぐっと黙ったあと、頑張るね、なんて返してくれる彼が素直で愛おしい。
「大好きだよ、ソウヤ」
まだまだ慣れないこの呼び方もいつかなれる日が来るんだろうか。呼ばれるだけで真っ赤になるきみも、呼ぶだけで息が詰まる私も。
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