毛布にくるまった白猫
「羽宮くん!」
今日も元気な声が後ろから走ってきた。
「今日も顔がいいね!」
「まだ振り返ってもないけど」
「見なくてもわかる顔の良さが後頭部から漏れ出てる!」
この女の言っている意味がわからないのは俺の頭の問題だけではないと思う。
はいはい、といつも通り流せばひょこりと視界から顔を出す。
「ほら!やっぱり顔がいい!」
じとりと睨むが、少しも怯む様子がなくまだそのきらきらとした目をこちらに向けてくる。
「見下ろされるのも最高ですね」
にこにこと笑うこいつは、俺のしたことなんて知らないんだろう。
「今日も好きです!顔強め推しです!」
「顔ファンかよ。俺は胸ねぇと無理」
にこりと笑って言えば、ハッと胸に手を当てる女。
「む、胸を育てる方法……!」
たぷたぷとスマホを触り始める女は器用に並走してくる。大豆、豆乳、マッサージ…と、ブツブツ唱えながら歩くそいつの前に、角から車が飛び出してきて反射的に腕を引いた。
「危ねぇ!」
引っ張られた女はそのまま胸に収まる。
バクバクと鳴る心臓。引いた手が小さく震える。
「…っくそが」
舌と上顎の隙間から吐き出された言葉。気がつけば背中に女の手が回っていた。
「なん、だよ」
動揺した俺に、下から覗き込むように女の目がこちらを見つめる。と思ったらソッと顔を下げる。
「意味なんてないよ。ただ、怯えてる気がしたから」
とんとんと背中を撫でる手のテンポに、大丈夫だと言われている気がして、少しずつ心音も呼吸も整う。
「……なんだそれ」
俺の声にバッと顔を上げた女は、表情を輝かせた。
「今笑った!?かわいい!すき!」
「俺の情緒返せや」
目の前で死ぬかと思った。そんな俺の情緒なんて無視するような勢いで好きだというこいつ。
俺の過去なんて知らないであろうこの女の好きが満更ではないのかもしれない。
「口悪いのも好きだよ!」
「乳育ててから出直してこい」
こんな軽口はいつまで叩けるのか。もうちょっと頑張れよ、俺。
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