透明なつまさき
『明日午前中にお墓参り行ってくるね』
22時を少し過ぎた部屋の中で、彼女からのメッセージを知らせる通知。
年末も差し迫った今日。"お墓参り"というワードに手が止まる。
電話をかければ、数コールで繋がった。
『もしもし?』
「もしもし」
『どうかした?』
そりゃこんな時間に突然電話なんか来たら驚くだろう。
言うか、言わないか。この期に及んでまだ悩む俺は、思っていたよりも意気地なしなのかもしれない。
「明日、墓参り行くんだよな」
『ん?うん、行くよ?』
「午後から時間あるか…?」
心臓がバクバクと鳴る。
『空いてるよ?会う?』
あっけらかんとした言葉に少し心が軽くなった。
「…会わせたい人がいる」
言葉にするのに少し時間がかかったのは、やはり拭いきれない緊張があるからだ。
電話口のナマエも黙っている。
『…ご両親、じゃないよね?』
「うん、違う」
反応が返ってこない受話口を、耳に押し当ててナマエの返答を待つ。
『…わかった、じゃあ綺麗な格好していくね!』
ナマエの明るい声が鼓膜を揺らした。
ほっと胸を撫で下ろし、待ち合わせ場所と時間を打ち合わせて電話を切った。
もそりと掛け布団を掻き分け、その中に潜り込み目を瞑る。心臓がそわそわと落ち着かない。仰向けから横に、そして俯せへ。何度も体勢を変えて、やっと眠りについたのは布団に入ってから一時間が経過した頃だった。
普段使わない駅の改札前で、踏切の音を聞きながらナマエを待つ。先ほどから緊張で震える指先を、ぐーとぱーと繰り返し治めるようにグッと握りしめた。
一本の電車が止まり、そこからゾロゾロと人が降りてくる。人並みの最後尾あたりに知った人影が見える。
「遅くなってごめん、待った?」
「待ってねぇよ。まだ時間前」
ナマエは改札を出てきたところから小走りで駆け寄ってきた。
「じゃあ、行くか」
「うん」
何も言わない。俺もナマエも。
どこに行くのか、誰と会うのか。気にならないはずはないのに、何も聞かずに俺が歩くのに半歩下がってついてくる。
緩やかな坂道を進んでいけば、石でできた階段。昨日の宣言通り小綺麗な格好で来た名前を見れば、小綺麗ながらもパンツスタイルで、階段は問題なさそうだ。
「ん」
「ありがと」
少し高く登りやすいとは言えない階段に手を差し出せば、その手をぎゅっと取ってゆっくりと一歩踏み出すナマエ。手から伝わる体温に、先ほどまでの緊張は溶けていった。
階段を登り切った先に広がる墓石群。
迷うことなく歩を進め、ひとつのお墓の前で立ち止まった。
“場地家之墓”
「いつも話してくれるばじさん?」
「そう。…お疲れ様です、場地さん。ちょっと間空いちまってすみません」
墓石に話しかけながら1歩近づく。
「俺、ペットショップやることになったんですよ。自分の店です。その手続きとかでちょっとバタついてて…すみません」
近況と、何よりも伝えたかったことを口にすると、また少し緊張がぶり返してきた。
首を動かし後ろを見れば、先程までと同じ場所に佇むナマエ。俺と目が合うと、察したように進んできて俺の隣に並んだ。
「ずっと紹介できなかったんですけど、コイツ、いつも話してたナマエです」
そっとナマエの背中に手を添えれば、誘導されるようにまたナマエが一歩前に出る。
「はじめまして場地さん。ナマエと申します。いつも千冬がお世話になっております」
丁寧に腰を折りお辞儀をしたナマエに、言いしれない美しさを見た。
ナマエの姿に目を奪われていると、するするとナマエの口から俺の話が出てくる。ずっとにこにこと笑いながら話すナマエに、胸も目の奥も、ギッと絞られるような感覚がする。
一通り話し終わったナマエがくるりとこちらを向いた。
「お線香、あげていい?」
ナマエの鞄から顔を覗かせたのは、梱包された線香だった。
「た、ぶん?俺は親族じゃないしなんとも言えないけど…」
確かにそうだね、と笑いながら、線香を取りだして慣れた手つきで火をつけ手ではたはたと火を消す。
ふわりと空を漂う煙からは、嗅ぎ慣れない匂いがした。
そんな俺の表情を読んだのか、ナマエが笑んで説明を始める。
「今日はね、伽羅のお線香にしたの」
お線香の伽羅は贈り物の意味があるんだよ、と。
「今日会わせたい人がいるって言ってくれた時に、もしかしたらと思って念の為持ってきたの」
勘のいい彼女には全てお見通しだったわけだ。適わねぇなと思いながら苦笑すれば、「ほら」と隣に来てふたりで手を合わせた。
場地さん、次コイツを連れてくる時は、あなたに教えてもらった全てで一生守り抜く覚悟を決めたときです。
きっと遠くない未来、またコイツを連れてきます。
ぶわっと俺たちを包んだ風が、笑っているような気がした。
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