蜜の奥
絡みつく視線に、気づけば息が止まっていた。
それは、比喩でもなんでもなく、現実として“呼吸”が止まっていた。
「らん、ちゃ」
「ばかだなぁ」
蘭ちゃんの口から紡がれたそれは、現実であり、比喩だった。
蘭ちゃんは好きの代わりにばかと言う。
かわいいの代わりに可哀想と言う。
ぎりぎりと喉を締める感覚。蘭ちゃんの細く白い指が喉に絡みつく。片手なのに、もう少しで私の首を一周してしまいそうだ。
脳に酸素が回らなくなり、ぐらぐらと視界も脳も揺れ始める。
もう言葉も紡げない。はくはくと開閉を繰り返す口に、うっそりと笑みを浮かべた蘭ちゃん。
ちう、と口付けたと思えば、ずるりと舌が侵入してきた。
本能的に逃げる私の舌を、逃さないとでも言うように追い回し絡めとる。首に回った白磁の指は、若干力を緩められ、先程より僅かに酸素を脳に回せた。
それでも生命の危機を知らせるように心臓は煩く打ち、耳鳴りは止まらない。指先も既に自分で動かす力は残っていなかった。
ゆるりゆるりと溶けていく視界には、もう輪郭をなんとかなぞれる程度の蘭ちゃんしか見えない。
ちゅっと音を立てて離れた唇。
蘭ちゃんが片手で何かを取る仕草が見えた。蘭ちゃんが何をしているのか分からない。
だらしなく垂れ下がった舌に、再度蘭ちゃんの舌が当てられる。掬い取るように重ねられたそれは、先程までのそれとはまた違った雰囲気を纏っていた。
彼と私の舌と舌の間に、何か異物があるのはなんとなくわかった。おそらく、カプセルのようなもの。
いつの間にか口内に溜められた唾液。そこで急に首に込められていた力を一気に緩められた。
首への圧迫がなくなったとて、口内に溜まった物を嚥下しないことには呼吸は難しい。きっと蘭ちゃんはそれをわかっている。そして私も。
口内に溜められたものを嚥下しなければいけないことをわかっている。
言われずとも喜んで飲み下すが。
ごくり、と喉を上下させれば一層笑みを深くした蘭ちゃんに、私も笑った。
するりとまた首にその指が這ったところで、私の意識も呼吸も途切れた。
灰谷蘭のベッドには女だったものがひとつ。それを大切そうに抱き寄せ撫でる男。
女だったものは今も至極幸せそうな表情を浮かべていて、灰谷蘭はひどく満足そうに笑っていた。
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