恋に火ともし
きっとこんな思いは自分だけなんだろう。
いつからこんな思いを抱き始めたのか。そんなん俺が聞きてェわ。
ただ眠そうに授業を受けているところをいいと思った。友達と笑って話している姿がいいなと思った。楽しく過ごそうといつも笑顔なのがいいと思った。
その笑顔を俺に向けてほしいと思った。
ただそれだけで、それが全てだった。
「ばーか」
「はぁ!?何突然!?」
俺の突然の罵倒に大きく反応を返してくる。その瞬間、俺しかコイツの目に映っていないと思うと頬が緩む。
別に付き合うとか、そんなものがなくても、こうして近い距離でいれるならいいかと思った。
半年前、放課後に友達と理想人の話で盛り上がっていたコイツを思い出して、心臓を掻きむしりたくなる感覚を抑えた。
「松野!この子、呼んでる!」
昼休憩、席でクラスメイトと話してると、前方の扉から呼ばれた。ちらりと見れば呼んだ男子と、その陰に隠れる女子。
あー、なんか、うん。
遠目でもわかる。そういう雰囲気だ。
それでも行かないわけにはいかず、呼ばれた方へ足を向ける。
「…なに?」
「あ、あの…今日の放課後、裏庭に来てくれませんか…!」
頭一個分下から聞こえたのは、振り絞った声。わかったと返せば、真っ赤な顔でお礼を言って走り去って行く。
「絶対告白じゃん!」
俺を呼んだ男子に小突かれ茶化される。
「うるせェ」
席に戻ろうと顔をそいつから逸らせば、一瞬あいつの顔が歪んでいるのが見えた。
なんでそんな拗ねたような顔してんだよ。お前の理想のタイプは年上なんだろ。
ぷいっと視線を逸らして自席に戻る。
その後も何度か感じた視線を、無視し続けた。
放課後、言われた通り裏庭に行けば、案の定告白。好意を向けられて迷惑だとは思わないし、精一杯になって想いを伝えてくれたこの姿も可愛いと思う。
それでも付き合うとなれば、あいつじゃないとと思ってしまう。
「ごめん」
顔を上げた女子は、目を真っ赤にして唇を食いしばっていた。
「…松野くん」
ゆっくり口を開いたかと思えば、胸元のシャツがグイッと引っ張られる。裏庭特有の土の匂いと、冬の少し湿気た冬の匂いが鼻を掠めた。
あ、キスするかも。
一瞬の出来事。意外にも冷静な頭で考える。
「だめ!!」
俺の目の前に手が飛び出してきた。そのままベチッと可愛くない音を立てて顔に痛みが走る。
「え!?」
さっきまで目の前にいた女子の驚く声だけが鼓膜を震わせた。先程冬の匂いを拾った鼻腔は、柔らかい花のような匂いでいっぱいになる。
匂いに覚えがあった。あいつからいつも匂うそれだ。
「キスはだめ…!」
「…ご、ごめんなさい!」
あいつの声と、謝罪する女子の声が聞こえる。いつまでも顔面を抑えている指の隙間から薄く見えるのは、紅潮した頬。顎のラインで綺麗に揺れる髪を耳にかけていて、染まった頬が無防備に晒されている。
「…おいこら」
「うわぁ!?ごめん!」
「いつまで顔抑えてんだよ。いてェわ」
「ごめん!ていうか告白の邪魔もしてごめん!いや、あの、全然松野のことがどうとかじゃなくて…!」
必死に何かを訴えようと口をもごつかせるくせに、全然こっちを見ないこいつに、どうにも頬が緩む。
あぁ、クソ。その反応は良くねェだろ。
わたわたと落ち着かない腕を掴んで引き寄せる。耳元に心臓を押しつける。
一瞬暴れたこいつの動きもぴたりと止まった。
「……わかったかよ、ばーか」
真っ赤に染まった頬と目でやっと俺の顔を見たその顔が、なんとも言えず愛おしい。
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