私は最近病気なんじゃないかと思う。

突然胸が苦しくなったかと思えばあっさり元に戻ったり、なんていうか、むかむかというか、もやもや?とにかく形容しがたい気持ちになったり。挙句よくわからないけど自分が嫌になって意気消沈したりエトセトラ。


「おいおいおめさん、それって」

「うん、完全にどっか悪いよね」

「いや、強いて言うなら頭だと思うが」


なんでそういう結論になるのか。ここ最近の悩みを新開に相談したのが間違いだった、アドバイスどころか何とも失礼なお言葉を頂戴いてしまいました。そっちが悩みがあるなら聞くぜ?バキューンってしてきたから話したのに何て仕打ちだ。


「そりゃ10秒に1回くらいのペースで溜息吐いてたら声もかけるだろ」

「うそ、そんな頻繁に吐いてた?」

「あぁ」

「何それちょーうざい構ってちゃんみたいじゃん」


最悪だ。今の私は周りからそういう風に見えていたのか。だって仕方がない、学校にいたって家にいたって、お風呂に入ってたってお布団に入ってる時にもこのよく分からないものが込み上げてきてどうしようもなくなるのだ。そしてそんな時は決まって何かしら失敗をする。階段から落ちかけたりシャンプーを流し終えた直後にまたシャンプーしたり。


「まぁ、そうなっちまう理由があるはずだろ?」

「んー」

「例えば誰かの顔が思い浮かぶとか」

「……あ」


割と真面目に相談に乗ってくれだした新開の一言にふと一人の顔が浮かんだ。あ、ほらまた。何故か胸がむかむかしたような感覚がしてきた。


「心当たりがあるんだな」

「うん。荒北」

「え?」


私が顔が浮かんだ人物の名前を言うと、新開は一瞬きょとんとした顔をして自分の周りをきょろきょろと確認している。違うよ後ろには誰もいないよ新開。私が名前を出したのは近頃私の頭の中に無許可で登場してはひっちゃかめっちゃかかき乱してくれちゃってる人物、荒北靖友だよ。


「まじで?」

「うん、本当にいい迷惑。またむかむかしてきてるもん」

「それはむかむかじゃないだろ」

「違うの?じゃあなに?」

「ドキドキ、の間違いじゃないか?」


これまた自信満々の表情でバキューンと私を撃ち抜きながら新開は言った。
ドキドキ?なんで?ドキドキってあれだよね?走った後とかに感じるあれだよね?何で私が荒北にドキドキするのか理由が見当たらない。


「私ドキドキしてるの?荒北に?何で?」

「さぁ、俺には靖友を好きなんだってこと以外は分からないな」

「……はい?」


今なんと?新開は今なんと仰った?自分が微塵も予想していなかった言葉が聞こえたような気がする。私が、荒北を好き…?


「私って荒北が好きなの?」

「俺に聞かれてもな」

「だって新開が言ったんじゃん!」

「聞いてる分にはそう感じたんだよ、靖友もそう思っただろ?」


時分でも理解できていない気持ちに新開を問いただせば、彼の視線は私ではなく私の後ろの方を捕らえながら笑っている。ていうか、この場にいるはずのない人物に話しかけてるように聞こえましたけど?なんて思いながら訝しげに振り返ればそこには渦中の荒北靖友君の姿がありました。驚いて荒北の顔をガン見していると彼の顔がほんのり赤いのに気がついた。彼はいつからいたのだろうと今更汗が滝のように出てくる。


「あ、荒北さん、いつからそちらに…」

「あー…新開のむかむかじゃないだろ、辺りからァ」


荒北は髪をぐしゃぐしゃとしながら気まずそうに視線を逸らしながら答えた。
なるほど、そんなに前からいたなら何で話しかけてくれないんだ。全部聞かれちゃったってことじゃないか。何でだろう、別に聞かれたって問題ないことだと思うのに心臓がバクバクして言葉が出てこない、新開とは何も気にせず話せてたのに。


「そ、そうなんだ!」

「…おう」

「…………」

「…………」


ちょっとこの空気どうしてくれんのよ。荒北の目が見れない。私何も悪いことなんてしてないと思うんだけどどうしてこんなことになってるんだろう。荒北も荒北で普段は罵倒してくるくせにこういう時にかぎって黙り込んじゃうし。何か言ってよもう!!


「じゃあ俺はこれで」

「っちょ、ちょっと待てぇぇええい!!」


あたかも当然のように踵を返し去っていこうとする新開の腕を全力で掴んだ。え?え?こんな空気にしておいてなに普通に立ち去ろうとしてるの?どうすんの?わたしこう見えてもう頭の中真っ白だから一人じゃ何も出来ない自信がある!実際今だって新開の腕を掴んだはいいものの、何と言っていいのか分からずあーだとかうーだとか唸りながら腕をぶんぶん振ることしかできずにいる、と…


「こういうのは当事者でけりつけようぜ」


その言葉と同時に私の新開の腕を掴んでいた手が振りほどかれた。荒北の手で。


「お前も早く行けよ」

「やるな靖友」

「うっせぇ、さっさと帰りやがれ」


荒北が不機嫌そうに顎で扉の方を差すと、頑張れよとお得意のバキューンポーズと共に新開は教室から出て行ってしまった。どうしよう、本当にどうしよう。どうしていいか分からずただ一心に床を見続ける。


「ネェ」

「っへい!」

「ぶっ…なんだよへいって」


やってしまった。焦りのあまり何か考えるどころか無意識のうちに思考回路がストップしていたらしい。荒北の呼びかけに訳の分からない返事をしてしまった。落ち着いてよ私、仮にも好き(らしい)人との会話でこれ以上失態を晒したくないとらしくもない乙女心が叫んでいる。


「こっち見てヨ」

「…無理、です」

「何で?」

「わ、分からない」

「ふーん」


ふー、と荒北が息を吐く音が聞こえた。あ、これ呆れられちゃったやつかな。でもだって言葉が出ないんだもん、いつもは何も考えずペラペラ話せたのに。荒北帰っちゃうのかな?明日から普通に話してくれるかな?これっきりになったらどうしようなんて考えると思わず涙が溢れそうになった。


「何泣いてんだよ」

「なっ、う、だって」

「何処にも行かねェから、ちゃんと話せ」


俯いていた私の両頬に何かが触れたかと思うと、ぐっと視界が上がった。荒北が、両手で私の頬を挟み持ち上げたからだ。あ、どうしよう、またむかむかしてきた。


「何で、泣いてんの?」

「あ、荒北と、もう話せなくなっちゃうのかなって思っ…て」

「ハァ?何で話せなくなんだよ」

「だって、荒北だって気不味いでしょ!自分を好きな相手とはな…っん」


この男は一から十まで言わせるつもりなのかと半ばヤケクソに口を開くと、最後まで言い切ることはなく私の口は塞がった。荒北が凄く近くに見える。ゆっくり離れていくと、荒北の顔はいつも通り悪人面で笑っていた。


「やっぱ好きなんじゃん、俺のこと」

「え、あ!」


突然の出来事で自分が何を言ったか忘れていた。というかヤケクソだったのもあり何も考えず自然と出てしまった言葉だったのだけど。…そうか、私、荒北のこと好きなんだ。そう自覚すると、今までのむかむかももやもやもすんなり受け入れられた。

そうかそうかと自分の中で順序よく気持ちを整理していると今度は荒北があーだとかんーだとか唸りだす。


「ど、どうしたの?」

「…俺も好きだから、これからもよろしくネ」



後日、新開からは報告待ちの眼差しを向けられていたが一切こちらから話かけませんでした。