扱いが良いのか悪いのか、正直レーヤには判断がつかなかった。
 どうやらここは異世界であるらしい、という結論が出たオールマイトと榊の対談ののち、レーヤの身柄は警察組織に委託された。一先ずはそこでの生活を命じられたレーヤであったが、その生活水準は極めて高いものだった。なにせ三食とも温かくおいしいごはん出たし、清潔な入浴時間まで用意されている。しかもごはんには肉類も多く使われている。手厚い生活保障があるゴッドイーターでもここまでの贅沢はなかなかできない。
 運動ができないデメリットはあったが、筋トレくらいの室内運動は許容範囲らしく、何も言われない。少々監視体制が厳しく、よく視線を感じるが果たして本当にこの処遇で大丈夫なのだろうかと不安になる。

 こんこんとノックする音に、逆立ちで腕立て伏せをしていたレーヤはしずかに着地して身なりを整えた。筋トレは始めたばかりだったから、まだ汗もかいていない。臭いなどはないはずだ。
 返事をすると、鉄の音を立てて扉が開いた。

「やあ!」
「……」

 その先にいた人物をみて、レーヤは思わず距離を取って姿勢を低くした。
 …いや、人物…?

「やあ!!」
「……」

 ネズミだった。間違いなく、レーヤの目の前にいるのは、人間ではなく、二足歩行をするネズミであった。
 あ、アラガミ…????うっすらと目を細め、レーヤは混乱する頭を必死で働かせた。いつも己が対敵するアラガミとは、巨大で、獰猛で、人知を超えた力を秘めた種だ。
 目の前にいるのは、小さく──ヒトよりも小さく、理性と知性ある瞳を持ち、人語らしき言葉を操る…人知を超え、た…?????

「混乱しているね」
「…しゃべってるね???」
「喋るよ。ネズミだけどね!」

 HAHAHAHA!!!!
 笑い飛ばす生き物──ネズミに、レーヤは衝撃を受けた。
 ネズミ?え、ネズミなのに喋るの?ていうか、認めるの?自分がネズミだと。

「──これでも重要人物だ」

 第三者の声が聞こえてきた。外に控えていた気配がのろのろと入室してきた。…すごく、薄汚いおっさんが入ってきた。

「危害を加えるようなことがあれば、その瞬間からお前は豚箱行きだ。覚悟しとけ」
「おっさん…風呂入ろ?」
「そこなのかい!?」

 何故かネズミからツッコミが入った。
 というか、このネズミ重要人物なの??
 信じがたい。
 ネズミはひょこひょこと不用心に部屋に入り、備え付けの長いすに腰かけた。人間サイズの椅子に乗るのも一苦労な様子は良くいえばあいくるしいが、とてつもなく、あまりにも奇妙な光景だった。

「まあ豚箱と言っても、こことそう変わらんだろうよ。さすがにこれはストレスだろ?」
「…ない、わけではない…ですけど」

 どっちを警戒すべきか。ネズミか、男か。…いや、両方だ。あまりに得たいが知れない。

「榊さんとはいい話ができたのでね。君とも話したいと思ったんだ。だから来た」
「博士と?」
「ああ、そう言えば彼は博士としての方が有名なんだってね」
「あ、え…そです、ね」

 やっべえ!ずっと後手後手じゃん俺!!
 レーヤはすっと息を吸うと臨戦態勢を解いてネズミの正面にあった椅子に腰かけた。油断はあくまでしないが。

「君から直接聞きたくって」
「何を」
「何故ゴッドイーターになったのか」
「──、」

 思わずして、口を閉ざした。
 話せない理由等ないが、話す側も、聞く側も面白くない話だ。
 さあさあ、と手をばたつかせるネズミは、話を聞くまでは帰りそうもない。重要人物であるので、拒否権も恐らくない。

「……大した理由なんてありませんよ。生活のためです。ゴッドイーターってのは、アラガミ…あなた方でいう黒獣を狩ることのできる唯一の人間兵器です。黒獣ってのは、人類を絶滅寸前まで追い詰めた、人間にとっては圧倒的な捕食者です。それを倒せるゴッドイーターの生活水準は恐ろしくたかい」
「どれくらい?」
「さすがに肉は今ほどは食べれないですけどね。衣食住はまず保障されるし、一般教養レベルの教育も受けれられる。家族も同等」
「へえ、家族がいるのかい?」
「いない」
「そうかい。…守る家族がいない割には、君、すごく強いそうだね」
「さあ、人からの評価なんで俺にはよく」
「君を必要とする人が、多いのだとか」

 何が言いたいのだろうか。
 ネズミを見つめていれば、ネズミは可愛らしく笑いながら丸い瞳でレーヤを見つめた。

「何が君をそこまで突き動かすのかと思ってね。生半可な覚悟と努力じゃ、あれほどの実績を残すのは不可能なんだよ、息吹レーヤくん」



『ああ、そうさ必ず取り戻したい。彼を失うのはあまりに惜しい。通常なら特殊部隊を組んで挑む相手に、たった一人で、それもほぼ無傷で討伐してしまうんだ。素晴らしいだろう。ゴッドイーターとは我々人類にとって、唯一の盾と矛だ。彼はその中でも最たる者の一人なのだから』