大馬鹿者たち

※最終回ネタバレ含みます



みんなに行ってこいと背中を押され、私は一人飛行機に飛び乗った。
パスポートなんて大学の夏休みに友人とグアムに行くために取ったもので、それ以降の渡航履歴はない。
好きな人に会えない、隣にいれないのがこんなにも辛いなんて気づかなかった。


最後にあったのは一度だけ帰ってきた数年前。
及川徹が両親に国籍を変えたいと伝えに来た時だ。
自分の子供が国籍を変えたいなんて言った時、徹の両親は何を思ったのだろう。
素直にすごいと関心してしまった。

その時に少しだけ会った。彼、及川徹に。

「名前、急に呼び出してごめん」
「ううん、帰ってきてたんだね」
「うん。親に話さなきゃないことあってね。お前にも」
「なに?」

そこで初めて知った。彼がどれだけこれからを見据えているのか。
到底私には追いつけないくらい先を見据えていた。
彼の一番になれないのは、わかっていた。

「俺、絶対代表入りするから」
「うん、応援してる。でもそれは及川徹の一ファンとして」
「何言ってんの?名前は俺の彼女でしょ」
「うん、そうだね。でも今日でやめる」

きっと私がこんな事言わなくたって、徹は頑張れる人だって知ってる。
でも彼は優しいから、私に連絡を入れようとするでしょう。貴方の邪魔に、負荷になりたくないの。

「ごめん」
「なんで?俺の事嫌いになった?大学いって好きな奴でも出来た?」
「そんな、の……いないよ。徹しか好きじゃない」
「じゃあ、なんで?俺、理由聞かないと納得してアルゼンチン戻れないんだけど」
「邪魔したくない、徹のお荷物になりたくない……の」
「いつ俺がお前を邪魔だって言ったの?」
「言われてな……「だったら!そんなこと言うなよ!?」

彼に怒鳴られた事なんて今までなかったから思わず、ビクリと震えてしまう。

「絶対に離さないから」

グイッと腕を引かれ彼の胸に飛び込むような形になる。

「と、おっ、る……んっ、ふっ……んちゅ、やっ」

今まで彼から貰った優しいキスとはかけ離れた、唇を奪うような荒く激しいキスの嵐だった。
銀の糸がお互いの唇を名残惜しそうに伝う。
ボソリと彼が私に言う。

「俺は名前を離さないから」

彼の胸元から離れ手首を掴まれる。家に送ってくれるのだろうか。
その後、無言のまま歩き出した。
大学近くに借りていたアパートに向かう道だ。
彼がアルゼンチンに行く前に、荷解き等を手伝いに来てくれたから覚えていたのだろう。
しっかりとして足取りで手を引かれる。
アパートの前につき、やっと彼がこちらを振り向いた。

「ねぇ、さっきのさ……「徹、私たち距離を置こうよ…徹が代表入りしたら付き合うとか……どう?」
「名前……お前本当いい加減に……」
「自信ないの?」
「はぁ?!あるから余裕だから!!」
「うん、知ってる……」
「はぁ?!おま、本当に……」

「知ってる」そう口にした時、何故か涙が止まらなくて
私を見た彼は大層驚いていた気がする。
馬鹿だな、と呟いた彼と一時のお別れをしよう。

その後青城バレー部メンバーに話せば、馬鹿者同士お似合いだな、なんて笑われた。
そんなの私と徹が一番分かってるよ。

私と同じように地元に残った松川、国見とはよく飲みに行く。
国見ちゃんは、可愛い弟のように思っているのに会う度に「及川さんと別れました?」なんて聞いてくる。
徹の言葉を借りて言うなら「クソガキ」かな。

私はいつだって及川徹だけが好きだから、もし徹に好きな人ができて別れる事になっても誰とも付き合わないよ、って伝えたら「本当に馬鹿ですね」と笑われた。
そうだね、私が一番馬鹿なのかもしれない。



今だって、会える確証なんて100%じゃないのにこうして飛行機を乗り継いで、会いに行こうとしている。
岩泉伝てに聞いた「及川、アルゼンチン代表決まったってよ」という言葉にいても経ってもいられなかった。

もしかしたら、及川に好きな人が出来てしまっているかもしれないのに。本当に大馬鹿者だね。

そんなことを考えたり、居眠りをしたりを繰り返し何機かの飛行機を乗り継いで、やっと着いた。

−−−アルゼンチン、首都ブエノスアイレス。

岩泉から貰ったスクショを見て、徹の所属チームの拠点までの行き方を調べる。
全然わからない……。スペイン語は一応勉強はしたつもりだが、いざ現地で使うとなると話は別だ。
どうしようか……時差のせいもあるのか頭が上手く働いてる気がしない。何からしたらいいの?なんて頭を抱えている時だった。

「Tú eres linda .(君、美人だね)」
「え……」

滑らかなスペイン語のはずなのに、どこか懐かしく感じる声色。
ゆっくりと顔を上げれば、ずっと会いたかった彼が目の前にいる。

「な、んで」
「おバカさんに、会いに来た」
「いや、えっ……」
「動揺しすぎ!LINE見てないんだ?」

ふふっと、大きな目を細めるように笑う彼。
LINE……?そう思いトークアプリを開けば、未読の会話がとんでもない数になっていた。
そして出発前まで開いていた青葉城西バレー部のLINEを辿る。

そこにはプレゼントを送ったなんてふざけた事をいう花巻のメッセージが入ってくる。

「俺、誕生日だったんだよね。プレゼント貰える?」
「え、」

バッと再び顔を上げれば、頭を掻きながら視線を逸らす彼がいた。

「彼女とか、出来てないの?」
「はぁ!?ふざけんな!彼女はお前!!名前でしょ?!本当にお前って奴は!!どんだけ俺を弄ぶの??」
「も、弄んでなんかないよ!確認じゃん……」
「お前のおかげで、あれからずーっとバレー漬けでしたけど!?」
「そ、っか」
「そっかって、お前ねぇ……」

どうしよう、嬉しい。できるだけ気づかれないように
少しだけ頬を緩める。

「はぁ、ったく……¿Quieres ser mi novia?(俺の彼女になりたい?)」
「! はいっ」
「いや、スペイン語で返せよ!勉強したんでしょ?」
「なんで知ってるの!?」
「お前の事なんて、何でも知ってるからね〜」

意地悪そうに笑う彼に、人目なんて気にせずに抱きついてやる。
そして、ちゃんと伝えるんだ。

「Estoy enamorado de ti. (君が好き)」
「ふん、知ってる」
「徹だって日本語じゃん!」

抱きつけば、彼も私の体に腕を回してぎゅっと力強く抱き締めてくれる。
そして、どちらからともなくキスをする。

私達は馬鹿だから、何度だって間違うし通り道だってするだろう。
それでもいい。貴方が私を見ていてくれるなら、先を進もうが、隣を歩いてくれようが……関係ないんだよ。

だから、ずっとそばにいてね。