愛しい思い出と決別を
「及川。私……及川のことが……」
「待って、言わないで」
そう言って、彼は私の口を自分の手で覆い喋らせてくれなかった。
あぁ、好きと伝えることも駄目なのだろうか。
泣いちゃ駄目だと頭では思っているのに、いざその場になるとやはり悲しくて、彼が目の前にいるのに大粒の涙が、ぼろぼろて零れ落ちてくる。
「ちょっと?!何、泣いてんの?!」
「だってぇ……す、「あ、ダメ」
好きとも言わせて貰えないんだよ?そう口にしようとしても、また遮られた。
「俺ね、名前ちゃんが好きだよ」
「うぇ??」
「ちょっと?!鼻水!!垂れてるから!!」
そう言って、私の顔をごしごしと持っていたタオルで拭く彼。
拭いてくれたおかげで、ぼやけていた視界がクリアになる。
「ほ、ほんと?」
「いや、嘘つくわけないじゃん!ずっと好きだったよ、名前のこと。俺を彼氏にしてくれませんか?」
「は、いっ……」
大きく頷けば、嬉しそうに腕を広げた及川が私に「おいで」と言う。
ゆっくりと彼の近くにいけば、私を自分の腕に閉じ込めるかのように抱きしめてくれる。
初恋は叶わないなんて誰が言っていたけど、私は叶ったよ。
二年間ずっと一緒だった彼。ルックスが良く努力家で人気者の及川は、いつだって周りに女の子がいた。
私は選手とマネージャーという立場で、近くには居られるけどそれはあくまでチームメイトとしてだ。
彼に彼女が出来る度に、一人泣いていた夜があった。
でもそれは、無駄じゃなかったんだと今なら思える。
そして、私達なら大丈夫という謎の自信があった。
「名前ちゃんと両思いで、俺は俄然無敵な気分!」
「そうなの?」
「何?疑ってるの〜?本当だよ。お前のことどれくらい前から好きだったか知らないだろ?」
「でも、及川彼女いたじゃん……」
「それは、しょ、しょうがないじゃん!断れなかったりとか……色々あったんだよ!」
「ふーん」
彼の腕から抜け出そうとすれば、ぎゅっと力を込められ抜け出せない。
「逃げないで」そう言って真っ直ぐ私を見つめる彼に、私は一生敵わないような気がした。
*
*
*
「名前!次、自己紹介して〜」
「え、あっ……苗字名前です。雪ちゃんとは学部が一緒で……」
学科が一緒の白福雪絵ちゃんと仲良くなったのは入学してすぐだった。
お互い高校時代バレー部のマネージャーをしていたという話で盛り上がり意気投合した。
及川は高校を卒業してすぐにバレーのために単身赴任アルゼンチンへ行った為、ほぼ地球の反対側との遠距離恋愛を一年ほどした。
私がもっと我慢強かったら、みんなと同じようにすぐに手を差し伸べ合える距離に及川が居たら……そんな事を考えるものの、もう全て終わったことだ。
結局、私が電話で別れを告げた。
彼はただ「そっか」とだけ言い、通話を切った。
自分勝手な女でごめんね、と心の中で謝った。
そして本日、人生初の合コンに参加している。
自分から身勝手に振ったくせに未練たらしく泣き続けている私を見かねた雪ちゃんが開いてくれた。
男性陣の半分は梟谷のバレー部らしいけど。
「木葉〜なんで赤葦?ちゃんと私に出会わせる気ある〜?」
「いや、ちゃんともう二人は大学の同級生だから!つーか、名前ちゃんの為の合コンって言ってたの白福だろ?!」
「まぁ、それはそうなんだけど〜」
「名前ちゃん、ごめんね?飲んでる?」
「うん、ありがとうございます……飲んでますよ!」
レモンサワーの入ったジョッキを持ち、ヘラりと笑えば「なら良かった」と向かいに座る彼も笑った。
「同い年だし、敬語やめない?」
「え、あっ……そうだね。うん、やめます」
「また、敬語(笑)癖なの?まぁ、いいや……徐々に外してってよ」
「うん、ありがとう」
顔も声も全然違うのに、何となくまた及川に重ねてしまう私がいた。
我ながら、失礼な女だと思う。
せっかく雪ちゃんが私のために出会いの場を作ってくれたのだ。
早く忘れて、次の恋をしなきゃ……そう思って持っていたレモンサワーを飲み干した。