それは夢の中の話

052:秘




 ふぅ、と息を吐いてマスカレードの端にある椅子に座る。ずっと魔力で若干浮かせていたせいか、疲労が溜まっていた。
「ドーモ」
 暗がりで気づかなかったが隣に人がいたらしい。突然声をかけられて驚く。慌てて、こんにちは、と言葉を返した。
「だいぶ疲れてます?」
 苦手なのだろうか、拙い敬語で喋る彼の声は中性的だった。くわえてどこかで聞いたことがあるような気がしたが、その姿はあまりにも隠されていて見当のつけようがない。
「こういうところに、慣れていなくて」
 できるだけ丁寧な、淑女の物言いを意識した。母がパーティーで使っていた喋り方を思い出す。ゆっくりと一音一音確かめるようなあの喋り方が俺は好きだった。
「俺も。来たはいいけど勝手がわかんねえしな」
 彼はいつの間にやら敬語が解け、砕けたように笑った。
 仲間がいて安堵する。マスカレードの中心で仮面をつけながら手を取って踊る生徒達を見ていると、普段教室で騒いでいるような連中には思えない。あんな世界に飛び込むのは難しかった。
「なぁ、いい機会だからさ、俺の話聞いてくんね? どうせお互い誰だかわかんねえだろ」
「ええ、構いませんよ」
 二つ返事で快諾すると彼は初めてこちらを見て笑った。青い目が二つ、闇を感じさせる黒いマスクの上から現れていた。
「ここに来るまでずっと一人で生きてきたんだ。とある人に拾われて、無理矢理入学させられた。最初はめちゃくちゃ嫌だったんだけどな、なんでかなぁ」
 その声は慈愛に満ちていた。顔の前で手を組むと彼は続ける。
「すげえ楽しいんだ、今。いろんな人に出会ったし、いろんな奴と戦った。これまで生きることに必死だったのに今は生きてるのが当たり前なんだよ」
 彼にとってこの独白はどんな意味を持つのだろう。じっくり言葉を選ぶように沈黙が訪れた。
「幸せなんだ、すごく。誰かに自慢したいくらい、幸せだ。誰かと一緒にいられる未来を想像することも、誰かといがみ合って戦えることも、全部。なんだったら嫌いな授業ですらな」
 それは容易く想像できることだった。ふとした時に周りを見渡すだけでその幸せは生まれる。
「……ある野郎の話なんだけどな。初めて会った時は知らなかったんだ。後から俺たちの親……みてぇな人に手紙で教えてもらってから知った。最初の出会いは最悪だったからあんまり仲良くはねえんだけど……」
 少し恥ずかしそうにニコッと笑う。
「血の繋がりは誰にもねえんだよ。でもまぁ、一応家族みてぇなもんだからさ。本当はもう少し……もう少しだけ、仲良くなりてぇ。絶対言えねえけど」
 あー、と少し大きめな声を出した彼は背伸びをした。俺の方を見てごめん、というように手を合わせた。
「いろいろ話してごめんな。おねーさんはなんかある?」
 おねーさん、と呼ばれて俺が今女の体であることを思い出した。すっかり忘れていた。とっさに恥ずかしさが顔に募り、赤くなる顔をうつむかせた。ヴェールと暗さがあってよかった。冷静になったが今の姿をはっきり見られるのは恥ずかしすぎる。
「私は……私も、ここに来れてよかった」
 それは何よりも今の俺に言える本音だ。両親が亡くなった悲しみから立ち直るには十分すぎる時間と、環境を与えてもらえた。……でも俺は。
 思考に沈み込んだ俺の気配を察したのか、彼はパン、と手を叩いた。唐突のことで驚きながら顔をバッとあげると彼は不思議そうにこちらを見ていた。
「無理に話さなくていいんだぜ。……悪いな、変なこと聞かせて」
「いえ、そういうんじゃ……!」
 俺のことで気を使わせてしまったのは申し訳ない。慌てて否定しても彼は知り合いの姿を見つけたのか立ち上がった。
「続き、あれば聞きたかったけど悪い、ちょっと俺行かなきゃ」
「あ……はい、ありがとうございました」
「こちらこそ」
 雑踏に紛れるように、彼はフロアの中心までゆっくりと歩いて行った。改めてちゃんと全身を見たが、この場で一番ラフな格好と言えるだろう。黒のパーカーに黒いパンツ。その後ろ姿と歩き方が知り合いに似ているような気がして何度か瞬きした。そのうち彼の姿は人々の陰に隠れる。



ある二人の、血の繋がらないいとこたちの会話。
in マスカレード
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