「レイさん。ひとまずこれを飲んでみませんか」
「飲みません! 授業がありますので失礼します」
交流祭も終わった、通常授業の日々。ラグナと名乗ったひとつ下の学年の女性型アンドロイドがある日話しかけてきた。どうやら彼女はマスカレードで出会った女性を探しているのだという。彼女の記憶媒体から出力されたイメージ図を見たとき息が止まる思いだった。
それは、あの日鏡の中にいた俺の姿で。思わず戸惑いを見せてしまったのが運の尽き。何か知っていると悟った彼女は、あれ以来ずっと俺にまとわりついてきていた。
「ほんの少し。ダメですか」
「もう何度目ですか! 嫌なものは嫌です」
どこでどう勘付いたのかはもう覚えていない。俺があの写真の中の女性であると確信しているのか、やたらApple pieという性転換薬を飲ませようとしてくるのだ。
そろそろ勘弁してほしい。この薬をこの先飲むつもりもないし、あの姿にはもう二度となりたくない。彼女も女性だ。これはずるい手かもしれないが、少しすごめば怯んでつきまとわなくなるかもしれない。
未だ背後から俺の名前を呼んで付いてくる彼女の方へと振り返る。それほど腕力はないが、彼女の手を掴んで壁に追いやった。ドン、という音が彼女の背中から鳴る。数センチ、という顔の距離に思わず尻込みしたが今はそんなこと言っていられない。
「いい加減にしてください。私はあなたの探している女性を知りませんし、これ以上俺につきまとうならそれ相応の対応をしますが」
いつもより低く、怒りや苛立ちを含めた声と表情を作った。彼女はしばらくキョトン、としてこちらを見つめているようだったが、目は黒いマスクの下に隠れてわからなかった。
これ以上彼女は何も言わないだろう、と判断して腕を掴む手を緩めた。少しずれたメガネを直してその場を立ち去ろうと、した。
体が揺れる。腕を掴まれた、と思った時にはもう俺の背中は先ほど彼女を追いやった壁についていた。勢いがあったせいか鈍い痛みが背中を走る。う、と詰まる息を吐き出す頃には、彼女の顔が目前に迫った。
「それ相応の対応ですか? どうぞ、お好きなように……」
目の前でそう言った彼女がさらに顔を近づける。息を飲んで、それでも話さずにいると彼女の口元が耳元に近づいた。低く、何処かで聞いたような声で彼女が囁いた言葉に体の芯が震えた。
今度は優しく体を解放され、目の前で彼女は微笑んだ。本能が逃げなくてはと叫んでいる。
「し、失礼します」
そそくさとその場から立ち去る。今だけは、彼女も追ってこなかった。
ラグレイ。君には敵わないという話。
ラグナちゃん(@homu_o)借りてます。