嫌というほど賑わう廊下をけだるげに歩く。図書室に本を返そうと部屋を出たが、そういえば今日は交流祭かと思い出す。去年も一昨年も、喧騒を眺めるだけで終わっていた。こういう催しは嫌いではないが、積極的に参加するほど活動的な人間ではなかった。
ただ一つ、戦闘狂を集めた修練棟でのクラス対抗対人戦闘イベントだけは毎年参加している。これまで会ったことのないような戦い方や魔法の使い方、生徒達の決死の争いが見られるのは本当に貴重な機会だ。
今年も修練棟イベントに参加する程度で終わるだろう。図書室でゆっくり過ごそう。
「レーイ」
「……っ、ティアーマットさん」
図書室を目の前に見据えた時、背後から肩を叩かれた。振り返るとそこにはティアーマットさんがどこか愉快そうな顔をしてこちらを見ていた。
「交流祭、回らないの?」
「あ、いえ、回りたいとは思ってるのですが……」
一人っていうのも、と続けようとしてあまりにも情けなく言いとどまった。
「今日はいろんな生徒が好き勝手動いてるから、一人でも大丈夫よ。一年に一度なんだから楽しまなきゃ」
はぁ、と頭をかく。確かに一理ある。全く興味が無い訳ではないし、なにかの勉強になるかもしれない。この本を図書室に返したら、少し出店を回ってみてもいいだろう。
「今年はマスカレードも開催されるそうよ」
「マスカレード、ですか?」
「ええ。仮面舞踏会……が元の言葉の意味だけど、交流祭では休憩所みたいなものよ。相手が誰だかわからないようになっているから気軽に参加してみたら?」
マスカレードか。先程から妙にドレスアップした生徒達が行き来していると思ったが、恐らくそれゆえなのだろう。
匿名なら参加してもいい。どんな場所なのかも気になるし、魔法工学の勉強になるだろう。
「あ、そうだ。これ、レイにあげるわ」
「……? なんですか、これは」
「とっても……そうね、美しくなるものよ。貴方に似合うはず」
そう言って差し出したのは手のひらで包み込めそうなほどの小瓶に入った二色の液体だった。瓶のラベルには小さく、Apple pieの文字。水と油のように二つの色は混ざらず、瓶の中でお互いの色を主張している。
「マスカレードで使ってもいいわ。おそらく正体は絶対にバレないから」
「……ええ、わかりました。ありがとうございます」
「ふふ。じゃあね、また後で会えたら会いましょう」
手を振って人混みに紛れていく彼女……いや、彼の後ろ姿を見送った。図書室の戸を開けて中に入ると、まるで世界が違うかのようにその中は静寂に包まれていた。
マスカレードへ行こう序章。
ティアーマットさん(@homu_o)、性転換薬Apple pie