地獄の鬼ごっこ

074:隠




 俺は今、盛大に逃げていた。
 わざわざ解放詠唱まで唱え、翼を駆使してテトイの廊下を死ぬ気で逃げる。追いつくとは思っていないが、その執念深さは折り紙つきだ。
 出会い頭に問答無用でバットを抱えてくる女……パルヴィ・パユ。非常に厄介だ。普通に話している分にはいいのだが、なんの脈略もなくスパーンとくる。
 あれは非常に……まぁ簡単に言ってしまえば痛いのだ。こう、彼女の力はさほど強いわけではないのだがとにかく何度も受けているうちにヒリヒリしてくる。
 実際、あれで強化を多少施してくれるのはありがたいのだがもはや効果は相殺されているようなものだ。
「逃げないでよ、レイくんー!」
 いい加減俺自身も疲れてきたのだろう、スピードが落ちてきた。いい加減翼を休ませたい。
 さっと空いている教室に飛び込み、解放詠唱をすぐに解いた。その場にうずくまり息を整える。
「あれ、どこ行ったんだろ……? あ、クオリアちゃん!」
 血の気が引く思いだった。待て、なぜあいつがここにいる。絶対バレるな、と心の中で祈った。あの従姉妹はやけに野生の勘が鋭いところがある。時折、なぜわかった? と思うような場所に隠れている魔物を見つけて叩き出す。なかなか侮れない。
「おう、パルヴィ。どうした?」
「こっちの方にレイくん来なかったー?」
「レイ? いや、見てねえけど……」
 声が近づく。ちょうど壁の向こう側に二人がいるのだろう。頼む、気づくな。緊迫した鼓動の音がすぐ耳の裏で聞こえる。念のため、小声で解放詠唱を唱える。
Gemiti le mie ali唸れ我が翼
 なにやら話している声は聞こえるが内容は聞き取れない。校内の建物を壊すとかなりこっぴどく怒られる挙句、修復も手伝わなくてはならないため流石にそんなアホなことはしないと思うが……。
「レイくんどこにいるのかなー!」
 パルヴィの声ではない。クオリアだ。ただ声がでかいだけなのか、俺の方を向いて叫んでいるのかわからないがすぐそばで聞こえる。
「いるならよー、壁から離れたほうがいいぜ」
 おい、まて、まさか。
 次の瞬間、ドゴン、という鈍い音がして背中が弾き飛ばされた。壁にヒビが入りじわじわと崩れていく。若干の土埃の向こうに鉄パイプを構えたあの女の姿が見えた。
「みーつけた」
 考えるよりも早く飛んでいた。冷や汗が流れる。はっきり言ってあの二人のコンビは相手にしたくない。あっという声が聞こえたが気にしていられない。
「待てコラ!」
 なんでお前はそんなに走るのが早いんだ。ちらりと後ろを見るとパルヴィを肩車しながらこちらへ走ってきている。すれ違う生徒たちはなんだなんだと愉快そうにこちらを見ていた。
「おいパルヴィ、投げるぞ」
「えぇー!? また!? あれ怖いんだよ」
「いけるいける。流石にレイ、落とすなんてことしないよなぁ」
 丸聞こえの会話はやたらと圧迫感がある。本当に投げるのだろうか? まさかそんな、こんな人の多いところでやったら危険に決まってる。バカなことはしないだろう。……いや、待て、冷静になれ。頭の中が混乱してよくわからない。疲労も溜まっている。もう勘弁してくれ。
「いくぞー!」
 肩越しに振り返った。本当にクオリアはパルヴィの腰を掴み振りかぶっている。飄々としながらパルヴィは思い切り鉄パイプを握りしめていた。
「いーよいしょー!」
 満面の笑みを携えてクオリアがパルヴィを投げた。投げたのだ。このテトイの廊下で。考えている暇はない。真正面から来たパルヴィを受け取らなければ彼女は腹から地面に落ちるだろう。逃げる足を止め、解放詠唱も解除する。
 スローモーションのようにパルヴィの顔面が近づいてくる。慌てて受け止めようとしたが、時すでに遅し。
「うわぁぁぁぁ」
 パルヴィの体を受け止める、というよりかは完全に衝突、いや下敷きになってその場に倒れた。リアルにゴフッというとは思わなかった。
「ごめんごめん」
 言いながらパルヴィが立ち上がる。体の上に乗っかっていた重さがなくなって体が解放された。
 ようやく終わったと思ってホッとしていたのもつかの間、腕を引かれる。え? 混乱しながら腕を引いた主を見るとそれはクオリアだった。にんまりと笑いながら奴は叫ぶ。
「パルヴィ、いっちょやっちまえ!」
「はいよー!」
 その日一番の悲鳴を聞いたと、その時廊下にいた生徒はのちに語る。



パルレイとかいう痔ジャンル。
パルヴィ(@utatane_shitai)借りたよ!
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