歩きなれないヒールの靴に、若干ふらつきながらマスカレードのシャンデリアの中へ入った。
出店が集中する中庭とは比べ物にならないほど静かで、中はゆったりとした音楽がずっと流れていた。圧倒されるほど綺麗な服装の男女がそれぞれの方法で楽しんでいるようだ。
フロアの中心へ行く勇気はなく、端に寄る。何人かの生徒がこちらを振り返ったが、目が合いそうになるとすぐに目を伏せた。
流石に自分がレイ・クロンツェであることに気づく生徒はいないだろうが、この姿を見られるのはどうにも恥ずかしくなってきた。よく見れば二の腕も透けているし、胸が強調されている気がする。右足もスリットのせいでほとんど見えている。恥ずかしい。似たような格好や、俺よりも露出のある女生徒もいるが尊敬できる。よくあんな格好できるな……。
「お一人ですか」
突然声をかけられて跳ね上がるように顔を上げた。見ると目の前に少し見上げるほどの背丈の男性が立っていた。だいぶスッとした顔立ちで悪くないのだろうが、如何せん目元を覆っているため顔がよくわからない。少し片言のような言葉で話しかける彼に、すぐ返事ができなかった。言葉を発さずに首を縦に二度、振る。
「ダンスは苦手でしょうか」
ダンス。ダンスと言ったか。その言葉が今フロアの中心で繰り広げられている二人組で揺れているものならば得意な訳がない。昔から両親に一般教養として身につけさせられてはいたが、女側などやったことがない。パーティーで父と母が踊っているのを何度か見たことはあっても明確な記憶には残っていなかった。
しばらく迷っていると手がスッと出された。
「とりあえず私と踊ってくださいませんか。エスコートいたします」
まずい、これはまずい。こうして手を出されてしまうとその誘いを受けないわけにはいかない。それは礼儀に反する、ということくらいわかっていた。この生徒は俺が女性だと思って声をかけたのだろう。もちろん、今外見上はそうでもここを出たら違うのだ。変な期待をさせるのも申し訳ない、ああ、どうしよう。
しかし時は刻一刻と過ぎる。差し出された手をおずおずととると彼はその手を優しく握った。その手は不思議と温度を持っていなかったが気にはならなかった。何よりもどうしよう、という焦りと不安が増す。
「手を」
いつの間にフロアの中心まで来たのだろう。直立不動状態の俺に小声で囁いた彼に慌てて残りの手を差し出した。ここまで来てしまったのなら仕方ない。昔の練習の、反対のことをすればいいのだ。幸い、彼は慣れているようだから身を任せればなんとかなるだろう。
「慣れているんですね」
「えっ、あっいえ……」
思いの外踊れていたからだろうか、彼の言葉に驚いて思わず声が出た。慌てて口を閉じたが、よくよく思い返してみればだいぶ澄んだ高い声になっていた。完全に女性の声だ。
長いかと思っていた一曲があっさりと終わり、片手を上げてお辞儀をする。ぎこちなくドレスの裾をつまんだが、様になっていただろうか。
その時、ポケットに入っていたトランプカードが落ちる。ひらひらとそれはゆっくり、俺と彼の間に落ちた。あ、と言って俺がかがむ前に早く彼がそれを拾った。
と、その時。ドクンと心臓が脈打つ。体に熱が走った。あの時と似ている。もしかして、元の体に戻ろうとしているのだろうか。慌てて踵を返す。彼が何かを叫んだのが聞こえたが御構い無しだった。マスカレードは一夜の夢。あの中で夢を壊すようなことは、できない。
レイのトランプ:スペードのQ
男の子になったラグナちゃん(@homu_o)と、一夜の夢。