「……アイレさん?」
ある穏やかな休日の昼下がり。ゆっくり中庭を散歩していると、体の周りにそよ風をまとっている知り合いを見つけた。声をかけると彼女の周辺の風は若干突風に変わる。
「ひゃっ、は、はいっ」
どうやら驚かせてしまったようだ。こちらに気づいた彼女はちょっと安堵したように目を伏せた。その様子が少し可愛らしくて笑った。
「奇遇ですね。散歩ですか?」
「あっ、はい……。今日は気持ちのいい天気なので……」
「本当に。散歩日和ですね。……よかったら少しご一緒しても?」
こくこくと首が動く。隣に並んで和やかな午後の中庭を歩いた。特に会話はなく、ただ二人で歩いているだけだったがどこか安心する空気が流れている。
「あの……レイ様」
「はい?」
「お、お願いが……あるんです……!」
彼女とは知り合ってだいぶ経つ。と言っても、特別親しいというわけではなく一般的な先輩・後輩の関係だ。広い校内ではあまり遭遇することもない。ただ、彼女の人柄は出会った時から純粋に好きだった。
「何ですか?」
「えっと……」
言いにくそうにモジモジしている彼女が胃を決したように顔を上げた。桃色と緑色の透き通ったオッドアイがこちらを見つめている。
「つ、翼を、触らせて欲しいんです……!」
だいぶ勇気を出したのだろう、少し大きくなった声に驚きつつ、さらにそのお願い事の内容にも驚いた。その程度のこと、そんなに意気込まなくても大丈夫なのに。いつでも一生懸命なアイレを見ていると幼い頃の自分を見ているようで何だからむず痒くなる。
「そんなの、いつでも言ってください。どうぞ」
笑いを含みながら木の下の日陰まで誘導する。彼女へ肩越しに翼を差し出すと、恐る恐る触れたアイレの指先の感触が伝わってきた。初めは控えめだった彼女も、慣れてきたのか徐々に触り方が大胆になってくる。
触覚がつながっていないわけではないのだが、くすぐったさは特に感じなかった。没頭しているアイレを気遣いながら木にもたれて座り込むと、彼女も座り込んだ。
そよ風が吹いている。周りの木々が揺れている様子はないから、おそらく彼女の魔力だろう。あまりにも穏やかで静かな中庭はやがて眠気を誘った。翼をそっと動かし、彼女の体を包むと少し興奮したような表情を見せて触っている。
自分の翼は適度な大きさ、色、羽根具合だとは思っていたが、ここまで喜んでもらえると嬉しくなるものだ。あくびが漏れる。背中を木に預け、静かな空を見上げた。前髪の隙間から見える雲はゆっくりと動いていた。
*
「……様、レイ様、レイ様!」
ハッとして目を覚ます。先ほどまでの陽の光は何処へやら、すっかり薄暗くなった空が学園に影を落としていた。少し肌寒くもなっている。俺を揺り起こしたアイレが焦った顔でこちらを見ていた。
「ご、ごめんなさい……! あのまま眠ってしまって……。レイ様の貴重な半日を無駄に……」
おおよそ泣きそうな表情に変わりつつある彼女をなだめつつ、大きく伸びをした。自分でもびっくりするほどぐっすり眠りこけてしまっていたらしい。貴重品を探ったが、特に盗まれてはいないようだ。
「よく寝られたのでよかったですよ。アイレさんも」
「うう、すいません……」
「もうすぐ夕飯でしょうし、戻りましょうか」
立ち上がって翼を何度かはためかせる。体が浮き上がるようなことはなく、ただささやかな風を巻き起こすだけだ。そういえば、アイレさんも力の制御ができないと聞いたことがある。少しだけ親近感を覚え、彼女に向き直った。
「アイレさんさえよければまた散歩しましょう」
「……! は、はい!」
クロー寮へ歩き出す。後ろからタタッと彼女が追いついた。
アイレちゃん(@kikabeno)お借りしました!