ということがあったのが、半月以上前の話になる。莉蓬は名を『国断莉蓬』と名乗り、当分は沫雪の元へ身を寄せることが決定した。
いろいろと調べられたが、結論から言えば莉蓬はやはり薙刀女士であった。しかし、莉蓬の来歴が災いして、日本の常識はほぼないに等しい。
その来歴は、異世界を2回渡ったものになる。まず、莉蓬はこことは違う世界の日本に生まれた。そこで蝕という世界と世界を繋ぐ災害に巻き込まれて日本はおろか、地球とは常識も世界の理すら違う異世界で生きた。つい先日までそこの一国で仙人として数百年生きてきた。流石に、日本の常識はほぼ覚えていない。言葉がわかるのすら奇跡である。ちなみに仙人であったことは伏せている。この国に『不老』の概念など争いの種になりかねないと判断した。

そういう経緯で、教育係りとして沫雪が現代日本の知識を与えることとなった。
莉蓬はこちらの知識をためながら、帰る方法を探すこととなる。

その間、莉蓬は沫雪の薙刀として、歴史修正主義者を屠るためにその武力を振るうこととなった。
とはいえ、その戦い方はそれまでと同じというわけにもいくまい。莉蓬の本分は貴人の警護であった。つまり護衛を主体として武力を振るっていた。それが将軍や兵のように戦う。身の置き場や周囲への配慮の仕方はやはり変わる。経験がない訳ではないので、無理ではないが少々戸惑う。
そこで紹介されたのが岩融という薙刀男士であった。

「こちらは岩融。莉蓬と同じで、薙刀を依代とする薙刀男士です。当面、実戦場では岩融があなたと共に戦います。岩融、こちらは莉蓬。国断莉蓬と言います。彼女をよろしくお願いしますね」

沫雪の言葉に、岩融と紹介された男が莉蓬を見おろした。法衣を纏った、身長が2メートル以上あるかと思われる巨体の男だった。
岩融は莉蓬を見ると、ほうと息を吐いてにいと笑った。

「女型の小薙刀。なるほど、だから女なのか?俺は岩融だ。まあ仲良くやろうぞ」

そうして紹介された同胞だが、この薙刀男士、少々血生臭い性格をしていた。そのせいで莉蓬の面倒を見るどころか莉蓬が面倒を見ているような構図に様変わりするのも早かった。出陣し出して3日目には、莉蓬が岩融の面倒をよく見ていると沫雪も察するようになった。
莉蓬自身が何故かもとから練度練が高く、そうでなくても明らかに強かったこともこれに起因しよう。
莉蓬が慶東国ではそれなりに名の通った武人であること、それまでと変わらぬ得物で戦うことや、その実績を鑑みれば当然ではあるのだが、刀剣女士としてみれば、少々異質らしい。政府には色々と勘繰られた。


「なんだっけか、お前の故国…トウケイコク?」
「慶東国、だ。どうした、珍しいな」

文化や常識も全てが違う莉蓬の故国、名を慶東国という。そこはこの世とは全く違う理の中の世界だ。説明は少々億劫なのであまり莉蓬は自分から話すことはないが、その来歴は一部の刀剣男士の興味をそそるものだったらしい。稀に根掘り葉掘り聞かれることがある。岩融はそういったことには興味はないようで、あまり聞かれることはなかったのだが、突然こうして聞いてきたものだから莉蓬も少々驚いた。訝しみながらも、莉蓬は誤りを訂正して問いかけた。

「いや、そこでは国同士が争うことはないのだろう?」

今し方破壊した敵に突き刺さっていた薙刀がずるりと抜け、敵はずしゃりと重い音を立てて地に落ちた。跳ねた血は気にしないらしく、岩融はなんの感慨もなくその横をのっそりと歩いてゆく。莉蓬はその景色に少々眉をひそめて、敵を避けて通った。

「理由は様々あるが、国同士が戦争することはないな」

というよりも、出来ない。何故かと問われれば世の中やその理がそうなっているから、としか言えないが。

「つまらんと思ってな」

せせら笑いながら言う岩融に、莉蓬は深く息を吐く。

「戦場を楽しむな。あと、国同士で争いはなくても内乱はあるし、荒れた国の有様はひどいものだ。その日生き延びることにすら不安がある国もある」
「なんだ、お前のその堅苦しい性格はそのせいかとばかり思っていたが…じゃあ何故だ?」
「お前の破戒僧のような性格こそ、どうしてそうなったのか不思議だがな」
「がはは!!ほめても何も出んぞ!」

褒めてない。ただ、言うのも面倒だったので何も言わないこととした。

「何かきたな」

岩融の言葉に、莉蓬は視線を岩融の向こう側に向けた。敵の部隊が居るようだった。
姿を現した敵が襲いかかるより早く岩融が地を蹴って走り出した。掛け声と一緒にその巨大な薙刀を横一文字に奮うとそのほとんどが致命傷を負って倒れるか、小さなものは吹っ飛んでいく。飛沫した血を浴びる岩融はやはり楽しげで、戦場を好む性質が現れている。
続いて莉蓬も駆け出し岩融の横をすり抜けた。生き残っていた脇差の一撃が莉蓬を掠めたが、その傷は刀装が代わりに受け負った。二体を一息で薙ぎ伏せれば、その場にはあと一体、太刀がのこるばかりだった。それも、すぐに岩融が薙ぎ伏せた。
あたりからは敵が消え、僅かな沈黙がその場を包んだ。

「がっはっは!すまん、お前の敵まで屠ってしまった」
「…ああ、勉強になる」
「ならいいな!」

岩融が沈黙を破り、声をあげて莉蓬を見た。わずかに目を細めて、莉蓬は言いながら敵を見た。…否、敵が倒れていたところを見た。血痕は消え、顕現していた敵の肉体も消え失せていた。唯一残っていた敵の依代も、触れれば砂のように崩れていった。

『本質は同じ付喪神です。たぶん、力加減といいますか、使い方といいますか…その辺が違うのだと思います』

沫雪の声が蘇る。本来、いくら神の依代でも折れてしまえばただの鋼だ。その刀はその場に残るので、折れた仲間があれば必ず回収する義務があるという。
しかし敵はどうか。こうして触れるだけで塵と化す。それほどまでに負荷があるのか、それとも何かほかの理由か。

「さあ莉蓬、帰るぞ!」
「わかった」

岩融に声をかけられ、莉蓬は踵を返してそこを立ち去った。全くどの世でも戦とは嫌なものである。そっと息を吐けば、岩融は目敏くそれに気付いた。
どうかしたかと問われたが、莉蓬は首を横にふるだけだった。

光のトンネルを通じて抜ければ、門が見えた。そこを抜けると、そこは温かみのある本丸の玄関口だ。玄関で具足を外して家に上がると、ちょうど沫雪が出迎えに出てきた。

「お帰りなさい!怪我はありませんか?」
「ああ、大事ないぞ!」
「それはよかった」

出陣中の刀剣の様子は本丸の審判者に監督されているようだった。特に、応戦中はかすり傷ひとつ負えばそれが審神者に伝わるそうだ。なので、作戦が終了すれば当然審神者にもそれが分かる。帰還すれば、毎回玄関口で迎えてくれた。
沫雪は岩融の言葉を満足げに聞くと、ついと視線を莉蓬に向けた。

「今回はどうでしたか?」
「まあ…例のごとくですな」
「またですか岩融!」

いい加減沫雪も学んできてはいることなのだが、二人で出陣させると誉をすべて岩融がかっさらう。それでも二人で出陣させられることが多いのは、その殲滅能力にある。

「取りこぼしはきっちり莉蓬が仕留めるか追い払うからな、やりやすいことこの上ないわ!」

沫雪が莉蓬のことを政府に報告すれば、莉蓬はすぐにでも精密検査を受けさせられた。そうしてわかる限りのスペックを数値化したところ、彼女の打撃力が岩融よりも高いことが判明した。それはおそらく薙刀の造りがかかわっているのだろう。そしてその特筆すべきはその衝力で、81もの数値を叩き出した。これもやはり造りによるところが大きいと思われた。しかし、そうはいっても槍でもここまではいかない。その代わりか起動はあまり高いとはいえず、生存もやや弱い。また、範囲は横でも縦でもなく、広と判断された。
統率も高いので、戦闘特徴としては攻撃より守備にこそその本領を発揮する武器であった。
故に、あまり戦場では岩融のように敵をガンガン屠ることはない。取りこぼしを排除することが多い。

「掃除屋の気分だよ私は…。そういえば主殿、こちらを収拾いたしましたのでお納めくださいませ」

莉蓬は沫雪を主殿と呼ぶ。審神者である沫雪は莉蓬らの持ち主に当たる。刀剣の管理や使い道を考えるのも沫雪だ。故に刀剣は持ち主である審神者を『主』と呼び習わす。
莉蓬はこれまで、仕えていた国主を『主上』と呼んでいたので、最初は沫雪も『主上』とお呼びしようかとも思っていた。しかしよく考えれば、それは本来、王──それも神の末席である──に対して呼ぶ至尊の言葉だ。使うのは少々はばかられ、結局『主殿』で落ち着いた。
莉蓬は懐から拾い物の短刀を取り出すと沫雪の前まで持ち寄った。受け取った沫雪が嬉しそうな声をあげたので、思わず莉蓬の頬も緩む。

「え?わっ、短刀!…って、えええええ!?!?!?」

受け取った短刀をまじまじと見つめていた沫雪が大声をあげたものだから莉蓬は思わず肩を揺らした。

「あ、主殿、どうかし」
「博多って戦場にいるものなの!?!?」
「え、はか、はかた?とは?」

聞き覚えのある名であったが、何分日本のことはほぼ知らないし、覚えていない。

「一定の条件が満たされた時にしか来ない短刀なんです!す、すごいです莉蓬!」

きゃー、と目を輝かして短刀を見つめる沫雪は、はっと我に返ったように顔をあげた。

「顕現しようそうしよう!莉蓬こっち!」
「わっ!あ、主殿っ、私にはまだ血が」

ぐいっと手を引かれて莉蓬は抵抗する間もなく沫雪に引きずられた。返り血で汚れているので、沫雪に血がつかないかと心配したが、大した返り血ではないので莉蓬が気にしておけば着くこともないだろう。
短刀が気になるのか、岩融も後ろから着いてきている。
それを知って、沫雪が早足で歩きつつも頬をふくらませた。

「たまには莉蓬にも誉は譲ってくださいね」
「莉蓬ならば欲しければ取りに来るだろう。それに莉蓬は勉強になると言っていたぞ?」
「またそんなことを…」
「まあ私は吹っ掛ける戦いをしないので、そういう時のための参考にはしようかとは思いますよ」

それ、勉強…?沫雪が少々疑問に思うも、本人は結構本気で言ってる様子なのでもう気にはしないことにした。

「それより、はかたとは?」
「ああ、すみません。博多というのは日本の地名です。九州の方ですね。粟田口の短刀なので、また兄弟が増えますよ!」
「まだ増えるのか」

粟田口。この本丸にも数振りいる刀の刀派の名である。既に本丸内では最も多い刀派であるが、殊更増えるというのか。莉蓬は脳裏に粟田口の刀たちを思い出す。なかなか癖のある兄弟たちで、その多さにはいっそ呆れる。

「まだいますよ。粟田口は集まればすっごく大所帯になるんです。確認されているだけで13振りに登りますね!」
「それはそれは、大所帯ですな」

すでにこの本丸には10振りの粟田口がいるが、まだ増えるとは。
バタバタと鍛刀部屋にはいり、沫雪がせっせと顕現の準備を始めた。
そういえば、莉蓬が顕現を見るのは初めてである。興味深げに見つめていれば、沫雪が振り返って手を伸ばしてきた。

「ここからは、莉蓬の力も必要になります。よろしくお願いします」
「…と、言われましても…」

取った沫雪の手は柔い。事務作業が多いからか指にタコはあったが、ふにふにとした肌は触り心地が良いし、滑らかだ。ゴツゴツとした莉蓬の指で傷がいくんじゃないかと思った程だ。
そんな手を取ったはいいが、莉蓬には何をどう手伝えば良いか分からない。とりあえず、今は出された手を取っただけである。
どうすればいい、と困ったように呟く莉蓬に、沫雪は目を細めて笑う。

「祈ってくれるだけで結構ですよ」
「祈る、ですか…」
「はい。審神者とは、物に宿る思いを呼び覚まして形にする者です。しかし、一部の霊威の高い刀剣などはそれが難しい。博多も難しい刀剣のひと振りです。そこで、近侍として既に顕現した刀剣の力を借り受けて、これを顕現します。呼び水のようなものです」
「それと、祈ることにどのような関係が?」
「うーん、なんというか、安心するらしいですよ」
「安心するのですか?」
「はい。やっぱり、刀剣も顕現は不安ありきらしいですから。他の刀剣もいるとわかれば、顕現もしやすいと」

そんなものなのか。莉蓬はへぇ、と相槌を打ちながらぼんやりと思う。
沫雪に手をひかれ、手伝い人としての定位置に連れられる。するりと沫雪の手が離れ、そこに身を置いた莉蓬はじっと己の手をみた。沫雪の手が離れるのが、少し惜しいと思った。あまり人に対してそう思うことはなかった莉蓬であるが、どうやら沫雪にはかなり絆されたようだ。
沫雪の様子を見てみれば、彼女は整った姿勢で目を閉じていた。しかし膝上に持った短刀に意識を集中していることもまた見て取れる。

──無事博多が顕現すれば、彼女は喜ぶだろうか。

そのためにも、博多には是非顕現して頂きたい。
ピンと室内の空気が緊張した直後、室内が光に包まれて莉蓬の視界は一瞬だけ白に埋め尽くされた。
晴れた視界に目を配らせれば、先程まではいなかった金髪の少年が沫雪の前に立っていた。沫雪が持っていたはずの短刀も彼が持っていて、彼が博多藤四郎であることが察せられた。

「俺の名前は博多藤四郎!博多で見出された博多の藤四郎たい。短刀ばってん、男らしか!」

静かな部屋に似つかわぬ明るい声で、彼はにっぱりと笑った。

手を