美しいと素直に思う。思って莉蓬は目をわずかに細める。
正座する莉蓬の前で胡坐をかいている少年は薬研藤四郎といい、艶やかな黒い髪と澄んだ藤色の目を持つ短刀だ。総じて幼子の姿をしている短刀たちだが、実際の年齢は莉蓬のはるか上をゆく者も少なくないという。この薬研も、莉蓬よりも年上のようだが見た目が見た目だからかどうにも子ども扱いしてしまう。せめて加州ほどの見た目年齢であったならばもう少しマシな扱いもできたであろうが。
さて、ではこの短刀の何が素直に美しいと思ったか。その刀身にある。
神が宿るだけって──否、そうだとしても、あまりにその刀身は美しいと思えた。鞘を払うその音だけで空気すら斬りそうな雰囲気をたたえている。
「見る者すら斬りそうだな」
「そりゃそうだ、大将の霊力も宿ってるからな」
「というと?」
苦笑して感想をこぼせば、薬研は当然だと言わんばかりに飄々と言ってのけた。理由が分からず首を傾げれば、ああ、と薬研は説明を開始した。
「俺っちたち刀剣は、審神者に顕現させられる」
「そうですね」
「顕現した瞬間に、刀剣と審神者の間には切っても切れない縁が生まれるらしい。俺っちたちは大将の霊力で姿を保っているわけだしな」
顕現は審神者によるものだ。主である審神者の霊力を以てして顕現するので、審神者がいなければ莉蓬らは姿を保つことも難しい。そのおかげか、審神者の居場所は何となく莉蓬にも掴めるし、審神者もおそらくそうだろう。審神者と刀剣はかなり深いところでつながっている。
「俺っちたちは大将の霊力に保護されてるから神威を失うことはない。俺っちたちが強くなればなるほど神威は上がる。すると審神者も引きずられるようにその霊力の質が上がる」
「へえ。審神者と刀剣とは、繋がりが強いんだな」
「本当にな。ちなみに大将も審神者として強くなればなるほど俺っちたちもまた強くなる。つながりはさらに強くなる」
「なるほど、薬研殿のように古くからいるものは特に強いわけです。それが刀身にも表れている、と」
「そういうことだな」
場所は本丸内部の道場だった。奥まったところにあるこの道場は実に広い。莉蓬は素早い相手に対抗するための訓練を薬研と行っていた。短刀で最も強いのが彼だというから、手合わせを申し込んだ。
気のいい性格なのか、彼は初めて話したにもかかわらず嫌な顔一つせずに付き合ってくれたのだから頭が上がらない。今はその休憩中に当たる。ふと気になって薬研の刀身を見せていただいたが、見事なものだった。
「さすがは歴史に名を残す名刀だけありますな。実に強かで美しい」
莉蓬は刀を鞘に納めると、丁寧な所作で薬研に返した。薬研はしばしきょとんとしたあと、ふいと視線を逸らしてやや乱暴に短刀を受け取った。どうかしたのかと思ったが、その顔は照れる子供のそれで、ああ、と莉蓬は納得する。褒められ慣れていないのだろう。
「子供らしいところもあるようで安心いたしました」
薬研は短刀だ。ここの短刀達は見た目こそ子供だが、その齢は莉蓬よりも少々年上である。子供らしさには欠けると思っていたが、存外可愛らしいところもあるようで安心した。きちんと子供としての性質も持ち合わせているらしい。
莉蓬の言葉に薬研が不快気に莉蓬を睨んだ。
「いま馬鹿にしたか?」
「まさか」
確かに意地の悪い言い方はしたと思う。しかし莉蓬自身に馬鹿にしたつもりは少しもない。莉蓬は口元に手をやってからからと笑う。
「申し訳ございません。ただ、ここにいるのは見た目は子供でも皆年上だし、神であらせられます。対して私はそういうものではないでしょう」
「…。同じだと思うんだがなあ」
薬研が後ろに手をついてさらに姿勢を崩した。莉蓬は沫雪に鍛刀されこの世に顕現した、薙刀を依代とした人とは違うものだ。それは状況を見ても確かだが、では神かと問われればとんでもない。そんなおこがましいこと、口が裂けても言えなかった。
「少なくとも私はそう思っております」
「俺っちにはアンタも付喪神にしか見えねえがな。だいたい、アンタからは間違いなく神気」
「薬研殿」
聞きたくない。そう思ってしまって、莉蓬は思わず薬研の言葉に口をはさんだ。驚いたように莉蓬を見た薬研に莉蓬は気まずくなる。己を神の一端であると認めたくない理由は、ある。しかしそれを話すには少々時間が必要だし、何より彼らにはかなり突飛で耳を疑うような話となるだろう。故に話すのは少々はばかられる。
「申し訳、ありません」
しんとした室内に耐えきれず、莉蓬は静かにそう告げた。
「いや、俺っちも」
体を起こして、薬研も謝罪しようと口を開いた。しかし、それを口にする前に外から明るい声が聞こえてきて、薬研はとっさに口を閉じた。
「ふたりともー」
軽い足音が聞こえて、見てみれば童女と見紛う短刀男士である乱藤四郎が顔を出した。
「休憩したらーって、休憩中だったね」
「まーな。お?団子か?」
「燭台切さん渾身の一作です」
ふふん、と乱が胸を張った。お前が胸を張るのか、と薬研が突っ込んだが彼には聞こえていないようだ。持っていたお盆の上の菓子と茶器に手を伸ばして鼻歌を歌って準備しだした。ポットのお湯を確認した後、乱が顔を上げて莉蓬に笑いかけた。
「莉蓬さんも一緒に食べよう!!」
「いえ、私は…」
「えー、そのために持ってきたのにー」
残念そうに眉を下げる乱は実に残念そうだった。そんな様子の乱を見た莉蓬に罪悪感がドスリとのしかかる。それを察知した乱が畳みかけるように莉蓬に近寄った。
「ボク、莉蓬さんとお話ししたくてお茶の準備してきたんです。薬研が嫌なら薬研はどこかへ行ってもらいましょう」
「おい」
「いや、薬研殿が嫌とかそういうのはありませんが…」
慌てた莉蓬は両手をぶんぶんとふる。もうひと押しだ、と乱はぐっと莉蓬に詰め寄り精一杯に目をキラキラと反射させた。以前これで主をオトしたことがある。同じ女性ならこの可愛さにオチるだろう、そう思ってのことだった。
「じゃあお茶しましょう?」
「いたしましょう」
乱の頭を撫でて即答した莉蓬を、薬研が実に複雑な視線で見つめていた。知ってるとは思うが、ソイツ男なんだぜ?それ、計算なんだぜ?と。乱も胡坐をかいたままじとっと見つめる視線に気づいていないはずはなかろう。しかし素知らぬ顔で莉蓬の腕に巻き付いて質問攻めにする準備を始めているものだから薬研はもう何も口にしまい、と小さく決意する。もし莉蓬を困らせる質問があれば助け舟を出すくらいはしようかとも思うが。
そういえば、と思うのは、先の莉蓬との会話である。彼女は自身が薙刀であることは認めている様子だ。しかし神の末席に座する立場にあるのだということはかたくなに認めようとしない。薬研はそれが少々不思議だった。
薬研に己は神であるという自覚があるのかと聞かれれば答えは否である。しかし、自分が人を超越した力や性質を持っていることは自覚しているし、人がそれを『神』として奉るのも頷けるのは確かだ。
莉蓬もそこまでは自覚はありそうだ。しかし、だからと言ってそれを認められないのか、それとも何か地雷があるのかそこには在りたくないと言う。…たぶん後者だろう。『神である』ことに何か莉蓬にとって特別な意味合いがありそうだ。
「薬研殿」
呼ばれて、薬研ははっと顔を上げた。お茶の準備ができたらしく、縁側で莉蓬と乱が薬研を見つめていた。
「薬研の分食べちゃうよ?」
「おいおい…俺っちだって食べ物の恨みは深ーく根に持つからな?」
「こわーい。莉蓬さん、どう思う?」
「私も根に持ってしまうタイプなので何とも」
「そうなの?…あ、ねえねえ、敬語取ってよ!それちょっといやだなあ」
「そうですか?」
「そうなんです。岩融さんの時みたいにもっと砕けてほしい」
「ならば、そういたそう」
莉蓬はとても丁寧な物腰で、言葉使いも非常に丁寧だ。それでいてどこか武骨なのは彼女が間違いなく武人であるからだろう。湯呑に伸ばした莉蓬の手は骨張っていて男性のそれと遜色ない。手首ひとつとっても、女性にしては骨太で日によく焼けた血色の良い肌色をしている。体格といい、凛々しい顔つきやその性格といい、彼女は男性と見誤られることが少なくない。
「(言われてみれば間違いなく女性なんだが…うーん)」
やはり男っぽい。
乱と会話する莉蓬を観察しながら、薬研は頭の中でそう呟く。
聞くところによれば、戦場では容赦がないと聞く。その想像がつかないのは、未だに薬研が莉蓬と出陣したことがないことと、普段はとても慈悲深い印象があるからだ。
そうした性格の莉蓬を見ていて薬研が思うのは、今はまだこの本丸にいない粟田口の長兄ともいえる太刀のことだった。莉蓬とは雰囲気は全くとこなるのだが、話せば話すほど共通点が多く感じる。長兄はかなりの堅物だが、莉蓬もまたかなりの堅物だ。乱のような年下の背格好に弱いところもまた似ている。
乱もそんな莉蓬が気になってこの機に乗じて莉蓬に近寄ったのだろう。
「ううーん、莉蓬さんがお姉ちゃんならいいのになあ」
「それはそれは。嬉しいお言葉だ」
「え!?嬉しい?嬉しい?」
「もちろん」
「じゃあ本当の兄弟になる方法考えないとねえ…あ、そうだ」
なんだか話の方向がおかしい方向へ行きそうだった。げっと薬研は小さく声を上げると腰を浮かして乱の頭をはたく準備をした。
「莉蓬さんならうちのいち兄と」
「おい乱!なに言ってる!」
「いだっ!冗談じゃん…」
無事薬研の手のひらが乱の頭にヒットした。