『国断莉蓬』ディスプレイで最も目立つ文字はこの名前であった。そのすぐ横にレベル62と書かれている。数値化された莉蓬の強さの指標であった。それ以外にも彼女のスペックが一面に羅列されている。その一時画面を閉じれば、今度は刀剣の一覧画面が現れた。
「いやはや。彼女は統率がとても高いからね。刀装も剥がれづらい。とても良く戦い方を知っているんだけれど、見ている側は冷や冷やするよ」
言うのは石切丸であった。
「そうなんですか?」
「ああ。…ほら、また刀装が少し削れた」
石切丸がモニターに指を這わせたので、沫雪もその指の先を見やる。莉蓬の装備する刀装の状態が表示されているのだが、刀装に傷がついた様子であった。怪我は、ない。その様子に沫雪はほっと小さく息を吐いた。
「統率がとても高いからな。刀装は剥がれづらいが、見ている側は冷や冷やする」
蜂須賀にそう言われて、莉蓬は初めて己の状態を確認した。あまり傷はない。擦り傷程度だ。代わりに刀装がひとつ半壊していた。
「傷は刀装が請け負ってくれるからな。安心して飛び込めるよ」
「それが怖いんだ刀装を信用しすぎだ、冷や冷やする!」
「それ、きたぞ。さっさと片付けよう」
「ちょっと!」
場所は博多湾に近い山あいだ。大して狭くないので、大太刀でも存分に武器を揮える土地だった。それは長い得物を持つ莉蓬にも当然言えて、莉蓬は新手の敵を見つけるなり当然のように敵中に突っ込んだ。
後ろで悲鳴をあげる蜂須賀に対し、その横に立つ岩融は至って冷静だった。というか、いつもとさして態度が変わらない様子だった。冷や汗を流す蜂須賀を不思議そうに見た。一緒にきている山姥切と大倶利伽羅はそれを傍観するだけだった。
「何を恐れている?」
「仮にも女性だろう!」
莉蓬の助太刀をするでもなく、岩融は蜂須賀にそう言った。蜂須賀も莉蓬の助太刀をするわけでもないのは、単に莉蓬の助太刀をするにも、その戦法があまりに違うから助太刀しにくいという理由からだ。かえって邪魔になりかねない。
歯がゆい様子で莉蓬を見る蜂須賀に、岩融が瞭然として言い放った。
「女以前に武人だろうにアイツは。それに莉蓬は、怪我をしても主が直してくれるから問題ないと言っていたぞ」
「……彼女、君の性格が移ったんじゃないか?」
「がはは!前からこうだぞ莉蓬は!」
岩融の言葉に蜂須賀はわずかに呆然とする。莉蓬からは何事も慎重なイメージを受け取っていた。…否、慎重なのだとは思う。戦場だと性格が変わるでもなし。しかし、あまりに戦い方が『慣れている』印象を受けた。
「ほうれ、もう敵を屠りよった」
「なんだか同田貫を見ている気分になるよ」
岩融が楽しげに莉蓬を見たが、蜂須賀は依然として憮然とした表情だ。
莉蓬の戦い方は、低い起動を高い統率と衝力でカバーするものだ。つまり、敵に突っ込む。そうして先手を取るのだが、動きの速い者は的確に莉蓬に攻撃を仕掛ける。もちろん莉蓬も回避行動は取るが、大したことはしない。急所を避けるだけだ。多少の怪我は刀装が代わりに請け負うし、その刀装は高い統率のおかげであまり消耗しない。
数週間前まではただの人間であったという莉蓬。刀装のように、傷を肩代わりさせて身を守る盾があったとは考えづらい。つまり、攻撃が当たっても傷付かないという概念は薄いはずである。それが、こうもすんなりと受け入れている様子の莉蓬に蜂須賀は眉を顰めるしかない。今からこんな戦い方をしていては、いつかは大怪我をするんじゃないか、と。
「ギリギリ刀装は守ったが…これ以上は無理そうだな」
莉蓬がそう言いながら戻ってきた。刃についた血糊を払い落とすと、疲弊した刀装を手にとった。
「それが最後かい?」
「まだもうひとつある。進むには問題ない」
「丈夫なことだな」
いっそ呆れた。莉蓬がもうひとつと取り出したのは槍兵で、防御には少々不安がある。…ただでさえ高い衝力が引き上げられているのでけれど。大体の敵は莉蓬の攻撃を防ぎきれないのが現状である。
「もうすぐ敵の総大将だ、乗り切ろう。偵察は青江に頼んでもいいかい?」
「任せてよ」
青江がニコリと微笑んで踵を返した。小さな体だが実に頼もしい。思って青江を見つめていれば、青江がくるりと振り返った。
「莉蓬も来るかい?」
「いいのか?」
「やめてくれ、以前偵察する前にバレたのを忘れたのか」
「そうだったか」
「おや、向かないんだね」
「らしいな」
青江が方をすくめて、こんどこそ1人でその場を離れた。その後ろ姿をみとどけて、莉蓬が困った様に蜂須賀を振り返った。
「薙刀ではすぐに見つかるのは、やはり体格か?」
「…性格じゃないかな」
やっと莉蓬の性格を把握してきた蜂須賀が投げやりに返した。
そうこうしているうちに青江が帰ってきて、ことこまかに敵の位置や装備を報告してきた。
それに合わせて誰が誰を討つかを決め、順序を決めると速やかに敵の近くへ移動した。蜂須賀の合図で投石などで一撃を加えると、予定通りに歴史修正主義者のいる平野に飛び出した。
動きの早い青江がまず1体を斬り倒し、続いて蜂須賀がその近くの歴史修正主義者を斬り捨てた。岩融が残りの敵を薙ぎ倒したが、敵の隊長の太刀がまだ生き残っていた。
それを莉蓬が斬り伏せようと距離を縮めたとき、敵隊長の体に一本の光の筋が切れ込みのように入った。何かと思って足を止めた莉蓬に、歴史修正主義者は目を向けることがなかった。完全に硬直している様子で、意識すらあるかが分からなかった。
ゴロリと雷音のような音がして、この場の空気が淀んだ。
「伏せろ莉蓬っ!!!」
切迫した蜂須賀の怒鳴り声にハッとして、反射的に言われた通り地面に体を近付けた。それと同時に、ブシュリと敵の太刀が真っ二つに斬られていた。その背後に、今まで見てきた歴史修正主義者よりもさらに威圧感を嵩増しした大太刀がたっていた。
「なん、」
莉蓬が驚く間もなく、次撃の準備を整えた蜂須賀がその大太刀に斬りかかって莉蓬の前に立ちはだかった。
「検非違使だっ!態勢を立て直せ!!」
まず動いたのは大倶利伽羅だった。滑り込むように蜂須賀の前の太刀を斬り倒した。その背後に槍が襲い掛かっていたが、それは青江が切り伏せた。
「わあ、やっぱ硬いねえ。…あ、敵のガードがね?仕留め損ねちゃったよ」
軽い動作で莉蓬のいるところまで下がってきた青江が嫌そうにつぶやいた。
「なんだあれは…」
「後で説明するよ。厄介だけど倒せないことはない。ただし、いつも以上に慎重にね」
「承知した」
そう会話している間にも、山姥切と蜂須賀が他の敵に斬りかかったが、山姥切が青江同様槍を仕留め損ねた様子だった。
反撃だと言わんばかりに槍が山姥切に向かって突きを繰り出した。それが山姥切に当たる直前、岩融が敵との合間に駆け込んだ。
大声をあげて岩融が一閃を揮えば、青江と山姥切が仕留め損ねた敵は完全に破壊され、敵は大太刀と槍が一体ずつ残るだけとなった。
岩融に続き莉蓬も敵の近くへ駆け込む。槍の突きがわずかに腹をかすめて刀装が割れたが大した傷ではない。ここで彼らを仕留めねばまた攻撃を食らうことになる。刀装と怪我には構うことなくそのまま残敵を薙ぎ払った。2体とも屠るつもりで薙刀を揮ったが、槍は破壊できても大太刀が残った。
「ああくそ、硬い!」
それも今の莉蓬の攻撃で体力をかなり削られた様子だが、怪我には構わない様子だった。その大太刀が蜂須賀との距離を一機に詰めた。
足が早く、しかも一番近くにいた青江が駆けつけるも、間に合わないことは明白だった。完全に蜂須賀の懐に入り込んだ大太刀が蜂須賀の胴体に向かって勢いよく得物を振るい、蜂須賀が勢いよく飛ばされた。
「蜂須賀っっ!!」
青江が大太刀を切り捨て、とどめにその首部に刀を突きたてた。すぐに引き抜くとそのまま蜂須賀のもとへ駆けていく。同じく莉蓬も蜂須賀を介抱しに向かえば、蜂須賀は息はある様子だったが重傷の様子だった。
莉蓬が蜂須賀の脇の下に肩を通して持ち上げると、察したようにすぐに反対側から大倶利伽羅が蜂須賀を肩で支えた。
ふっと風が吹き、莉蓬らの周囲の景色に、電波障害のようなノイズが複数走った。時間移転の合図だった。
視界は暗転して、次の瞬間には真っ暗な空間に目まぐるしく表記の変わる時間表記が無数に莉蓬らを取り巻く。しばらくすれば白い光に包まれて、本丸の門の下にいた。
景色を確認すると、莉蓬は大倶利伽羅と示し合わせて歩き出した。向かう先は手入れ部屋だ。沫雪も察してそこで待機していることだろう。
「小傷があります!」
「ですから、それならばまずは蜂須賀殿をですね…」
「いーえっ!虎徹はとっっても強い刀剣なので多少の傷などものともしません!しかし貴女は女性です!うら若い女性です!!その傷を放置などと!」
「うら若いか…?」
莉蓬の予想通り、沫雪は蜂須賀の手入れの準備をして待機していた。その時には蜂須賀の意識もはっきりとしていて、2、3言話せばすぐに手入にかかった。
その次に莉蓬も手入れを受けた。蜂須賀の次に傷が大きかったのが莉蓬であったからだ。軽傷の莉蓬の手入れにかかる所要時間が、重傷の蜂須賀と大して変わらないのは単に刀の種類によるものらしい。すると沫雪は手入れ札を莉蓬に使おうとしたので、それならまずは蜂須賀に使うべきだ。そう思って寝台でぐったりする蜂須賀に意識を向けさせたが、沫雪はやはりまず莉蓬を直そうとする。
「とにかく、私に構わず」
「か ま い ま すぅー!はい手伝い札っ!」
「あっ」
沫雪が手伝い札を近くを取りすがった手入れ式に押し付けた。唖然とする莉蓬の後方で、寝込む蜂須賀が「好きにさせてやれ」と無気力にぼやくのが聞こえた。
ひとしきり莉蓬の薙刀に不備がないかをチェックした沫雪は、そこでやっと蜂須賀を手入れする式神に手伝い札を渡した。こちらも一通り刀の本体をチェックすると、沫雪は蜂須賀に歩み寄った。
「どうする?」
蜂須賀の本体を彼の横に置いた沫雪が一言問うた。これからどうするか、ということだろう。
片腕を目の上にのせていた蜂須賀がわずかに腕を上げて沫雪を見た。
「もう少しここにいる」
「分かった」
怪我は治ったが、動く気にはなれないのだろう。以前蜂須賀の声は少々無気力だった。
2人の会話を聞いた莉蓬は静かに立ち上がる。それに気づいた沫雪も振り返って小さく笑む。
「本日はお疲れ様です。…あれ?からちゃんは?」
「…大倶利伽羅殿のことでしょうか」
「うん。もしかして逃げた?」
「逃げ…蜂須賀殿を連れてきた後はさっさとどこかへ出ていかれましたが…」
「ああああもぉおおお!あの子も怪我あるのにぃい!!」
沫雪がドスドスと荒い足音を立てて手入れ部屋を飛び出していった。
それを見送ると、寝台の蜂須賀から声がかかった。
「あまり気にするな」
かかった声に少し驚いて蜂須賀を見れば、蜂須賀は相変わらず寝台で横になっていた。
「検非違使は難敵だ。硬いし速いし何よりこっちの戦力を把握したうえで襲ってくる。今日の面子では君が一番練度が低かったしな、仕留めきれなかったのは当然だ」
黙した莉蓬に、蜂須賀はわずかに笑う。
「槍を仕留めたんだ、上々だ。これから何度も奴らと遭うだろう。その時に仕返ししてやればいい」
まだまだこの世界には莉蓬も知りえない敵がいる。それはもちろん強敵で、だからこそ常に精進を怠ってはならない。
今でも怠ったつもりはないが、まだまだ自分は弱い者なのだと認識させられた。
莉蓬はふーと深い息を吐いた。
「気を遣わせて悪かった。お大事にな」
「くれぐれも気を張りすぎないでくれよ」
「心配は無用だ。糸は緩んだから」
「緊張の糸は適度に張っておいてくれ…」
軽口を言えば、莉蓬はそのまま手入れ部屋を出た。
強く。もっと強くなりたいと心から思った。