再度手元のメモに視線を落とした。


「…リョーマ、元気かなぁ」


リョーマだけでなく、南次郎さんも倫子さんも変わりがなければ嬉しい。
早く会いたいという気持ちとは裏腹に、じわじわと不安も襲ってくる。


「……怒ってるよなぁ…」


"名前…!"

"………"

"俺っ…名前の分まで強くなるからっ…!"


あの時の言葉に、今でも私はずっと背を向けたまま振り向けずにいる。
父さんや母さん経由で南次郎さんや倫子さんと多少のやりとりはしたものの、直接的にも間接的にもリョーマとはあれから会話らしい会話をした記憶が無い。
行きたい、と勢いに任せて言ってしまったものの…


「どんな顔して会えばいいんだろ…」
「誰に?」
「っうわぁ!?」


突然聞こえた声に勢いよく振り返れば、いつの間にか背後に周助が立っていた。
私の反応が面白かったのか、くすくすと笑う彼は再度、で、誰に会うの?と聞いてきた。


「え、と……弟…?」


私の言葉に周助は驚いたような表情を浮かべた。


「名前、弟がいたの?」
「いや、厳密に言えば弟じゃないんだけど…!アメリカにいた頃、家族ぐるみで仲が良くてね、良く一緒に遊んでた子なの」
「へぇ、その子が日本に遊びに来るんだ」
「いや、帰ってきた、が正しいかな…?」
「帰ってきた…?」


メモに書かれている日付は、勿論部活がある日。
この日は部活を休むことになるから、国光には先に伝えておかないといけない。


「国光に伝えなきゃだし、周助も一緒に来る?詳しくはそこで説明するよ」
「僕が聞いても大丈夫なら、そうさせてもらおうかな」
「ふふ、全然大丈夫だよ」


私と同じく部室に用のあった周助と共に、用事を済ませてからコートへと戻った。
お目当ての人物へと近づき声をかければ、国光はまず私を見て、それから一緒にいる周助を見て、不思議そうな表情を浮かべた。


「どうした?」
「前にさ、アメリカにいた頃仲の良かった兄弟がいた、って話をしたの覚えてる?」
「あぁ。どうかしたのか?」
「お兄ちゃんの方は相変わらずどこにいるか分かんないんだけど、弟の方が家族と一緒に日本に帰ってきたんだって」


ほう、と国光がほんの僅かに目を開いた。


「でね、」


竜崎先生から貰ったメモを国光に見せ、事情を説明していく。
話を聞き終えた国光は、小さく頷いた。


「分かった。その日は、お前は休みにしておく」
「ありがとう…!」


これで私がリョーマと会うことはほぼ確定した。
嬉しく、楽しみな半面、やはり不安は拭いきれないままだけど。



* * *



部活終了後、部員達にも簡単に私の休みが伝えられた。
解散にぞろぞろと動き出す部員達に混ざって私も歩き出せば、


「名前」


ふと私の隣に周助が並んだ。


「どしたの?」
「気になることがあって」
「うん?」
「"どんな顔して会えばいいんだろ"…って、言ってたよね」


そう言えばそうだった。
自然と口から零れたあの言葉は、しっかり周助に聞こえていたのだ。


「あー…」
「仲が良かったんでしょ?何かあったのかなって、気になってね」


ふらりと視線を揺らした私に周助は、無理に話さなくてもいいよ、と優しく笑った。


「僕にも弟がいるんだ。少し事情があって今は一緒に住んでないんだけど…もしかしたら、お互いにいいアドバイスが浮かぶかなって思って」
「え、周助弟いるの?」
「うん。少し前まで青学に通ってたんだけど、今年の秋…名前がマネージャーを始めた頃に、聖ルドルフに転校しちゃったんだ」


聖ルドルフって…割と距離があるような…?

周助の弟、裕太くん。
中学一年生の彼もまたテニスプレイヤーらしく、でも、青学のテニス部には入らなかった。


「裕太くん、別でテニススクールに通ってたの?なんで?」
「…僕のせい、かな」


天才と呼ばれている不二周助の弟。
そのレッテルを貼られた裕太くんは、兄と同じ部活に入ることを拒否し、自ら青学を離れ、現在は聖ルドルフの寮で生活しているらしい。


「……それは…複雑だね…」
「僕としては一緒に全国に行きたかったんだけどね。裕太はそれを望んでいなかったから…残念だけど、仕方ないかな」


初めて見る周助の"兄"としての顔。
しかしそれは少し寂しげだった。


「…私の方はね、」


あの日、私はテニスから逃げるのと共に、リョーマにも背を向けてしまった。
これから明るい未来が待つであろうリョーマが羨ましくて、私の分まで強くなるという彼の言葉が、あの時の私には呪いの言葉のように聞こえて。


「あの子がそんなつもりで言ったんじゃないっていうのは分かってたのに、…今なら、頼んだぞ!って、言えるのになぁ…」


青学に通って、皆のおかげでテニスとはまた向き合えたものの、あんな一方的な別れをしておいて今更リョーマとどう向き合えばいいのか、答えは見つからない。
ラケットを握り直したあの時から何度もリョーマに連絡をしようとして、その度に何度も打ちかけた文章を消して、結局私の言葉は一度もリョーマには届いていない。


「…だから、今更どんな顔して会えばいいんだろーって」


いっそのこと影からこっそり見て、気づかれないうちに帰ってしまおうか、なんて考えもちらりと思考の端から覗いている。
困ったように笑う私に、周助も同じように複雑そうな表情を浮かべた。


「難しい問題だけど…でも、彼とまた向き合えるチャンスじゃないかな」
「やっぱそうだよねぇ…」
「大切な弟、なんでしょう?」
「…うん」


周助の言う通り、しっかりリョーマに会って、謝ろう。


「お互い、早く弟と和解できたらいいね」


和解っていうのかは微妙なところだけど。
そうだね、と、周助からは寂しそうな微笑みが返ってきた。


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