初めて"青"を背負った日 1
9月の終わり頃、青学テニス部のマネージャーになることが決まった。
主に竜崎先生や手塚くんから色々な説明を受けたり、今後の私の業務について相談したりしているうちにあっという間に数日が経ち、月は10月へと変わっていく。
そしてついに、私の肩書きに"青学男子テニス部マネージャー"が追加された。
「皆もう知っていると思うが、今日から苗字がウチのマネージャーを務めることになった。始めたてだからね、困ってそうだったら手を貸してやっとくれ」
集合した部員達に竜崎先生が言い、そして隣に立つ私をちらりと見る。
呼吸を整え、皆の前へと一歩踏み出した。
「2年の苗字名前です。一応テニス経験者なので、その辺りは安心して頂けると嬉しいです。でもマネージャー業務は初めてなので…最初は至らない所ばかり見せることになるかもしれませんが、全力でぶつからせて頂きます!」
ぺこりと一礼すると、ぱちぱちと拍手が返ってくる。
そろりと部員達の反応を伺えば、基本的に皆笑顔で迎え入れてくれているようで一安心だ。
事前に竜崎先生と手塚くんからも部員達に説明してくれていたようだし、その心遣いには大助かりである。
問題は…
「えっと…恥ずかしながらまだ皆さんのことをあまり知らないので…個人的なお願いなんですが、お互いに遠慮は無しで沢山お話できたらなと…」
主に一年生の子達から若干の戸惑いが生まれる。
そうだよね…先輩だし、突然だし、話し辛いよね…
どうしたものかと曖昧な笑顔を浮かべていれば、
「は〜い!質問!」
明るい声に顔を向けると、英二が真っ直ぐに手を挙げて私を見ていた。
「っあ、はい…!どうぞ!」
「名前の好きな食べ物は〜?」
「た、食べ物…?」
「そ!俺はオムレツ!ふわっふわなやつ!」
ふわふわなオムレツ…
そう言えば去年も同じことを聞いた気がする。
"ねぇねぇ名前!好きな食べ物何〜?"
"え、食べ物…?"
"そ!俺は、ふわふわなオムレツが好きなんだよにゃ〜!"
"えっと…なんだろ…"
"えぇ!?好きな食べ物も教えてくれないのー!?"
あの時私は、折角話をしようとしてくれた英二に曖昧な返事を返してしまったっけ…
自嘲ともとれる笑いが漏れていく。
そうだよなぁ…相手を知るには、まず自分からだ。
「私も、ふわふわなオムレツ大好きだよ。とろとろなオムライスの方がもっと好きだけどね」
ありがとうという想いを込めてそう返事をすれば、アーモンドアイを更にまん丸にした英二はすぐに溢れんばかりの笑顔を浮かべた。
「おぉ!とろっとろオムライス!俺も大好き〜!」
「僕も質問、いいかな?」
今度は周助が軽く手を挙げてにこりと笑う。
英二の時と同じく、どうぞ、と返した。
「辛いものは好き?」
「辛いのは…苦手かも…」
「そっか、残念」
「周助は辛いものが好きなの?」
「うん。大好き」
これは意外…いや、言われてみれば割と平気な顔して食べてそうではある、かもしれない。
あの…!と、今度は別の部員が恐る恐る手を挙げて、…見たことがない子だからたぶん一年生だろう。
英二と周助のお陰でこうして一年生からも手を挙げてくれる人が出てきて、感謝と共にほっとする。
「はい!なんでしょう?」
「苗字先輩って、テニス経験者なんですよね…!竜崎先生とか手塚部長に頼まれてマネージャーになったって聞いたんですけど、強いんですか!?」
言葉が詰まった。
彼だけでなく、他の部員達の期待の目も私に向けられる。
「…え、っと、」
なんと返すのが正解なんだ。
なんて返したら、
「そこまでだ」
凛とした静かな声がこの場に落とされた。
「あくまでも今は部活中だ。各々自己紹介や質問はまた時間を改めてやれ」
……これは、助けてくれたのだろうか。
手塚くんの指示を受け、元気よく返事をした部員達がばらばらと多方面に広がっていく。
ポン、と竜崎先生が私の肩に手を置いた。
「すまんね、アイツも悪気があったワケじゃあないんだ」
「…はい、分かってます」
苦笑しか出来ない私に竜崎先生は、さて!と表情を変え、私の背中を手塚くんの方へ押すように軽く叩いた。
「苗字、お前さんに渡しておく物がある。手塚、後は頼んだよ」
「はい」
「え?え?」
片手をひらりと振った竜崎先生は忙しそうに校舎へと戻っていってしまった。
残されたのはわけが分かっていない私と、スンとした手塚くんだけ。
「苗字、部室に来てくれ」
「えっ…?」
くるりと踵を返した手塚くんがスタスタと歩き出し、慌てて後を追った。
部室に着けば、手塚くんは自身のラケットバッグの横に置いてあった少し大きめの紙袋を持ち上げ、そっと私に差し出してくる。
「これは…?」
「お前のジャージだ」
先程の英二のように私の目が開かれていく。
ジャージ、って…
戸惑いながらも紙袋を受け取り中身を覗けば、そこにはビニール袋に包まれた真新しい青と白。
渡しておく物ってまさかこれ…!?
「も、貰えないよ!だってこれレギュラージャージでしょ!?」
青学男子テニス部の誇りとも言える、レギュラーにのみ着ることが許されるそれ。
私の前に立つ手塚くんは勿論それを着ているし、英二や周助、その他謎に繋がりを持ってしまっていた彼らも同じものを着ている。
このジャージが部員達の憧れであることは英二から聞いて知っていたし、だったらそれを、ただのマネージャーである私なんかが着ていいはずがない。
「お前の名前ももう入っている」
「な…なんと…」
まさに呆然と袋の中身を見下ろした。
「私が着ていいものなの、これ…」
ふむ、と少し考える素振りを見せた手塚くんは、
「無理に着る必要はない。…が、受け取っておいて欲しい」
わざわざ名前入りのジャージを用意してくれたのに、返せるわけがない。
「着たくなったら着ればいい」
「う、うん…」
そこから話はころっと変わり、簡単に部室にある備品等の説明を受けた。
説明が終わると手塚くんは私に向き直り、
「数日は基本的に部活の見学をしてくれ。お前の目から見て、必要な物やメニューの改善点があれば教えて欲しい」
「改善点、かぁ…序盤から難しいこと言うね…」
ここまでやってきていた練習メニューを、私がそう簡単に変えてもいいものなのか。
「お前だから頼める事だと思っている。それに、竜崎先生からもそう言われている」
期待が重いよ…!
とは言えず、ぎこちなく頷いた。
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