初めて"青"を背負った日 2


その後、私はひとまず部室の備品を改めて確認することにした。
部活へと戻っていく手塚くんを見送り、一息ついた私の目は備品ではなくベンチに置かれた紙袋へと移る。
気が重い反面、正直どこか嬉しく思っている自分もいて複雑な心境だ。
とりあえずガサガサと袋からジャージを取り出せば、新品のレギュラージャージが独特な薄い匂いと共にふわりと広がる。
名前入りって言ってたよなぁとそれを探せば、チャック横の内側にしっかりと"苗字"と刺繍が施されていた。


「……まじかぁ…」


どうしよう、わざわざ発注してくれたのに着ないのは申し訳ないし、かといって私なんかが着るのも申し訳ないし…
悶々と自分の名前を見つめていると、コンコンとドアのノック音。
はーいと返事をすればすぐにドアは開き、入ってきた貞治がジャージを広げる私を見て僅かに口端を上げた。


「やっぱり着ていなかったか」
「はい…?」


ジャージだよ、と貞治は笑いながら自身のラケットバッグに手を伸ばした。


「名前のことだから申し訳なくて着ないんじゃないかと思ったんだけど、当たったみたいだ」
「いやもうホントにその通りだよ…」
「手塚にはなんて言われた?」
「着たくなったら着ればいいって…とりあえず受け取っておいてくれって言われた」


ラケットバッグから何やら数枚の紙束を取り出した貞治は、くるりと私の方を向いて、それだけ?と首を傾げた。


「それだけ、だけど…?」


もしかして他に何か伝えることが…?
いやでも手塚くんが伝え漏れなんかするとは思えないし…
私と同じように僅かに考える素振りを見せた貞治は、


「一応言っておくけど、名前にレギュラージャージを渡すことについては部員全員が知ってるよ」
「…え、そうなの?」
「名前にジャージを渡すって話が出た時に、俺から手塚に言ったんだ」


万が一部内でごたつきがないように、完全に渡すと決める前に部員達に話をして、どうやら全員から了承を得ているらしい。
……という事は…?


「部員達からしたら、名前がそれを着ているのはほぼ当たり前、ってコトかな?」


貞治によって私の思考が言語化される。
フフ、と貞治は面白そうに笑った。


「ちなみに、レギュラー達は皆名前がそれを着て出てくるのを楽しみにしてるよ」
「えっ!?」
「菊丸なんかは名前ともお揃いだって嬉しそうにしてたしね」
「……なんか想像出来るかも…」


それはそれでこれを着て出て行った時ちょっと恥ずかしいような気もするけど…


「詳しい経緯は知らないけど、なんといっても竜崎先生と手塚の推薦マネージャーだからね、名前は。堂々としていいんじゃないかな?」
「そう言われるとあの…」
「という事で、はい、これ」
「ん…?」


先程ラケットバッグから取り出していた紙の束は、貞治自身が使うものではなくどうやら私宛てのものだったようだ。
受け取って見てみれば、そこには部活の練習時間やメニュー内容などが詳しく書かれている。


「えっ、これ貞治が作ったの!?」
「何も無いよりはあった方がいいかと思ってね」
「すっご…分かりやすいし…」
「フフ、そこまで大したモノじゃないけど。自由に使っていいよ」
「めちゃくちゃ助かるよ、ありがとう」
「どういたしまして」


暫くはこれを見ながら私に出来ることを探していこう。
なんとも最強のカンペを貰った気分だ。


「他にも、何かあったらいつでもどうぞ」
「思ったんだけど…貞治がいたらマネージャーいらなくない…?」


思わず出た言葉に貞治はフフフと笑うと、小さく首を振った。


「わざわざ名指しで名前がマネージャーになったんだ。名前にしか出来ない何かがあるんだろう。それに、俺はあくまでプレイヤーだからね」
「…そう、だね」


貞治に悪気がないことなんて知ってる。
だけど、私はもうプレイヤーではないのだ、と私の頭が勝手な解釈をしてしまって、少し反応が遅れてしまった。
そんな私に何を思ったのかは分からないけれど、貞治は真っ直ぐに私の元へと歩み寄ってきて、ラケットバッグの上に重ねて置かれた新品のジャージを手に取った。


「…?」


不思議に見る私の肩へ、ふわりとそれが乗せられる。
真新しい匂いが鼻を抜けていった。


「うん。似合うね」
「貞治、」
「これで、名前も俺達と同じプレイヤーだ。裏方メインにはなってしまうけどね」


…気を使ってくれたのだろうか。
貞治は私のことは知らないはず、だけど…やっぱり頭の回転はとても早いのだろう。


「名前がテニスに関して何かを抱えているであろうことはなんとなく考えてたし、今の反応で大体確信した。竜崎先生と手塚は恐らくそれを知っているんだろう?」
「えっ…」
「その気になれば調べることも出来る。けど、あえて調べないことにしてる」


貞治はカチャリと眼鏡を正し、


「いつか名前から話してくれる日が来たら、その時は遠慮せずに俺のデータに追加させてもらうよ」


そう言ってくるりと踵を返した。
試すようなことを言ってゴメン、と言い残し、彼は静かに部室を出ていく。


「………」


静かになった部室で、私は肩に乗る僅かな、それでいて大きな重みをきゅっと摘んだ。
いつまでも止まっているわけにはいかない。
前進するためには、最初の一歩が大切だ。


「同じ、プレイヤー…」


戦うテニスから見守るテニスへ、と思っていたそれを、この青と白のジャージがじわじわと塗り替えていく。
彼らと一緒に、戦うテニスをしよう。
同じコートを共にする、一人のプレイヤーとして。

ふわり、とほんの小さな風が私の髪を揺らす。

部室内の確認を終え、そわそわと落ち着かない胸を沈めながらコートへ戻った。
一人、また一人と私の姿を捉え、私の身を包む青と白に一瞬驚いた表情を浮かべるが、それはすぐに笑顔に変わる。


「…お待たせ」


きっと照れくささを隠せていないであろう笑みを浮かべれば、私の周りにはすぐに同じ青と白が集まった。
暖かくて、眩しくて、鮮やかな景色。
……あぁ、暗いトンネルの出口はここにあったんだ。
その先に広がるのは、清々しいほどに広がる青い空と白い雲。
そして、一筋の赤い陽の光。


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