二つの雪だるま 1月末頃のおはなし
朝起きてカーテンを開けると、辺り一面が真っ白に染まっていた。
おぉー、と思わず声が漏れる。
都内にしては積もっている方ではないだろうか。
雪はまだはらはらと降り続いている。
流石にこれじゃあ朝練も出来ないだろうなぁとスマホを見れば、案の定部活のグループには本日の部活は全面中止だという旨のメッセージが届いていた。
一瞬二度寝をしようか悩んだが、寒さに目も冴えてしまったのでいつも通り学校に行くことにした。
校舎は7時から開くし、先に少しだけコートの様子を見てから行けば丁度いいだろう。
「おぉぉ〜…」
普段見慣れたテニスコートも、今日は白銀のカーペットに埋もれている。
ネットを張るポールがポツポツと立っているだけの、何も無い真っ白な平面。
かたや雪合戦、かたや雪だるま作りに騒ぐ仲間達、それから、それらを微笑ましげに見守る仲間達が脳内に浮かび、小さく笑みが零れた。
雪景色のせいかぽつんと建っているように見える部室の屋根の下、濡れていないコンクリートの上にバッグと傘を立てかけて、数歩前へ。
はらはらと小さな氷の結晶達が衣服やマフラーにひっかかっていく。
まだ時間は充分ある。
ミニ雪だるまでも作ろうかな、と、一段と雪の積もったフェンス際にゆっくりしゃがんで雪に手を伸ばした。
「冷た〜」
なんて言いつつ笑いが込み上げてくる辺り、思っていたより自分のテンションも上がっているのだろう。
両手で作れる程の大きな球の上に一回り小さな球を乗せて、一人じゃ可哀想だからもう一つ、と手を伸ばした時。
「名前…?」
静かな空間で僅かに聞こえた、私の名前を呼ぶ声。
振り向けば、少し離れた所で傘をさした国光が怪訝そうな顔でこちらを見つめていた。
「あ、おはよ〜」
「おはよう」
彼もコートを見に来たのだろうか、流石は部長。
国光はさくさくと雪を踏み締めてこちらに歩いてくると、そっと私の方へと傘を傾けた。
「何をしているんだ。風邪を引くぞ」
「テンション上がってるから案外寒くないよ」
みてみて、雪だるま。
作ったばかりの小さな雪だるまを指させば、国光の視線は私から雪だるまへと移り、そして僅かに眉を寄せた。
「作るのはいいが、屋根の下で作ればいいだろう」
「雪が降ってる中で作るからいいんだよ」
二つ目の制作に手を伸ばす私の横で、ぱたぱたと傘を畳む音がする。
また、私の頭や体が舞い降りる雪を掴んでいく。
ごそごそと何やら音が鳴る中で、国光までわざわざ雪に降られなくてもいいのに、と可笑しさに小さく笑っていると、ふわりと頭上に何かが掛けられた。
「…?」
手が止まり、頭が持ち上がる。
視界の横で揺れるのは、今ではもう見慣れた青と白。
覚えのある優しい匂いが鼻腔を掠めた。
「ちょっ、ジャージ濡れちゃうよ!」
「雪が止むまで部活は中止だ。問題ない」
「いや、でも、」
「お前に風邪を引かれるより全然いい」
「う、うぅん…」
いやだからお父さんかて…
国光はまたばさりと傘を広げ、私のほぼ真後ろに立った。
やはりその傘はこちらに傾けられている。
「それ、国光のラケバ濡れない?」
少し考える素振りを見せた国光は、一度くるりと背を向けて部室の方へと歩いていった。
私のラケットバッグの隣に自身のそれを立てかけ、またこちらに歩いてきて、今度は隣にしゃがむ。
傘に入れてくれるならジャージ必要ないのでは…無駄に濡れるだけだぞ…
「…手、冷たくないのか?」
「え、冷たいけど…そんなもんじゃない?」
ていうか国光って雪だるま作ったことあるのかな。
思ったことをそのまま聞けば、流石に作ったことはあるらしい。
想像できない。
ぎゅむぎゅむと雪を固める私の手元をじっと見つめる視線。
やがて完成した二つ目の雪だるまを、先程作った雪だるまの隣に並べた。
「なんか…こっちの子、」
少し大きい雪だるまを指させば、国光の視線はそれへと向かう。
「この子が傘持ってたら、今の国光みたいだね」
返ってこない返事。
何か変なことでも言っただろうかと隣の様子を伺えば、国光はいつもよりも少し見開いた目で二つの雪だるまを凝視していた。
「どうかした?」
「……小さい方がお前か?」
「そうなるかな…?」
「…そうか」
今が冬じゃなければ、どこか適当にその辺の傘になりそうな葉っぱを拾ってきたら丁度いいんだけどなぁ。
でも冬じゃなきゃそもそも雪は降らないか。
「この雪だるまは、このままここに置いておくのか?」
「特に考えてなかったな…置いといていいんじゃない?壊すのは可哀想だし」
何を考えているのか、二つの雪だるまを見つめたまま少し黙っていた国光は、徐に立ち上がると傘をたたんでフェンスへと立てかけた。
どうしたのだろうと見ていれば、彼はまた腰を落とし、そっと小さい方の雪だるまを掬い上げるようにして持ち上げた。
「どうするの?」
「ここだと雪に埋もれるだろう」
雪だるまが運ばれる先は、二人のラケットバッグが置かれた部室の屋根の下。
確かにそこなら吹雪かない限りは無事だろう。
たった今作ったばかりの雪だるまを掬って彼の後に続いた。
ジャージを返し、国光の傘も回収し、ラケットバッグを背負って改めて見下ろす先に並ぶ、二つの雪だるま。
「部室の守り神だ」
「期間限定だが」
「あー…溶けたらいなくなっちゃうのかぁ…」
「…すまない、余計なことを言ってしまった」
「いいじゃん、期間限定の守り神。春になったらまた新しい期間限定の守り神を探せばいいんだよ」
「なら、その時は俺も一緒に探そう」
「んふふ、約束ねー」
「あぁ」
さて、そろそろ行こっか。
二人並んで校舎へ歩き出す。
反対方向へ続く二人分のバラバラな足跡の上に、綺麗に並んだ新しい二人分の足跡が重なっていった。
back