英二はまたしてもサーブ&ボレーのスタイルで向かってくる。
2-1で後がないからなのか、先程の私の言葉に何かを思ったのかは分からないが、彼のサーブの威力とスピードは確かに増していた。
私のリターンを英二は容赦ない角度で返球してくる。
足を踏み出せば、ぎゅっと抓られたような痛みが膝を襲った。

邪魔を、するな。


『っふ…』


ラケットを振り抜き、ポジションを立て直そうとすぐに体の向きを変えた。
ぴょんと小さく跳ねてから、着地した左足で地面を蹴る。


ズキン


『っぅ…!』


右足は、前へ行こうとする体に着いては来なかった。
勢いのままドサリと地面に倒れ込み、手から離れたラケットがカラカラと音を立てる。
名前!?と、英二が驚いたような声を上げた。


「び、ビックリした〜!なーに転んでんのさ!」


倒れ込んだままの私に、にゃはは、と取り繕うような笑い声が降ってくる。
右足は…良かった、力が抜けたのは一瞬だけだ、動かせるには動かせる。
でも、多分もう…
バタバタと慌てたような数人の足音が近づいてきた。


「名前ちゃん!!」


秀の声だ。
ただ転んだだけの人には向けないような、不安と心配が色濃く混ざる声。
あぁ、向こうにいた皆にはバレてそうだなぁ。


「えっ?ちょっとちょっと、皆どうしたの?ね、ねぇ名前!?」


訳が分からないというようにおろおろしだす英二の声を聞きながら、私は大きく息を吸い込み仰向けに寝転んだ。
腕で目元を覆い、ふ〜〜〜、と長く息を吐いていく。


『………っふふ…』


自分でも分からないまま、小さく笑いが零れた。
止まらないし、止めることもしなければ、ふるふると体は小刻みに揺れる。


『んふっ…ふふふ、ふふっ…!』
「…名前…?」


じわりと目元が熱くなって、やがて腕の隙間からつぅと垂れる一雫。
憎いなぁ、いいなぁ、羨ましいなぁ。


『……楽しいなぁ、テニスって』


苗字、と私を呼ぶ手塚くんの声に、被せたままの腕でごしごしと目元を擦ってその腕も地面へと投げ出した。
橙に染まった空が僅かに滲んで、優しく私を見下ろしている。


『手塚くん、止めないでくれてありがとう。皆、いつ気づいた?』
「…2ゲーム目、菊丸のショートクロス後だ」
『ふふ…気づいたのは貞治かな』


ポツリと呟けば、視界の端で貞治が少し動いたような気がした。


「ちょっと!名前も手塚も、さっきから何の話!?名前がどーしたっての!?」
「あ、危ないぞ英二…!」


ラケットをぶんぶん振り回しながら英二が言う。


「立てる?」


寝転んだままの私に、周助が手を差し出した。
ありがとう、と捕まれば、彼の見た目に反して力強く引っ張り上げられた。
周助の手を借りたまま左足だけで立ち上がり、右足を曲げたり地面につけたりしてみれば、突っ張るような不快感と共にキリキリと痛みが襲う。
ふぅ、と小さくため息が漏れた。
やっぱり、これはもうだめだな。


『ごめん英二、今日はもう打てないや』
「えっ!?」


片手でぱんぱんと砂を払う私に、英二は当然ながら、なんで!?と返してくる。
そんな彼にもう一度ごめんねと笑いかけ、私はこちらを見つめる皆へ向き直った。


『少し、話を聞いてもらってもいいかな』



* * *



先に着替えを済ませようということで、制服に着替えた私は違和感が残る右足を庇いながら彼らの待つ部室へと向かった。
その膝には、巻き直したサポーターがついている。
コンコンと部室のドアをノックすれば、中からタカさんが開けてくれた。
目ざとい彼らの視線が私の膝に巻いてあるサポーターへと集中し、思わず身じろいだ。


『…お待たせ』


なるべく右膝に負担をかけないように歩き出せば、大丈夫?という心配の声と共に数人が手を貸そうと近寄ろうとしてくれる。


『大丈夫大丈夫、慣れてるから』


そんな彼らへ礼を言って止め、一番近くのベンチへと座った。
傍らに置いたラケットバッグから取り出したのは、少し前に竜崎先生から見せられたあの雑誌。


「それは…」
『竜崎先生から借りてきて正解だったよ』


ぽつりと漏らされた手塚くんの呟きにそう返し、付箋の貼ってあるページを開いて一番近くにいた貞治に手渡した。


「なになに…"アメリカで活躍中の天才ジュニアテニスプレイヤー、事故で膝を故障"…?」


手塚くん以外の皆が、貞治の持つ雑誌を覗き込んでいく。


「見て、ここ」


何かに気づいたように周助が雑誌の一部を指さした。


「えっと…?く、ぐつ、し……傀儡師、って…さっき手塚が言ってた…?」


タカさんがちらりと貞治を見れば、貞治はこくりと頷いた。


「なるほどね。…ほら、ここを見てご覧。傀儡師さんの名前が書いてある」
「…え!?」
「嘘…!!しかもこの写真て…!」


面白いほどに分かりやすい反応と共に、彼らの視線が一気に私を向く。


『そう。それ、数年前の私の記事』


えぇ〜!?と大声をあげる彼らに思わず笑いながら、私は少し前に手塚くんに話したのと同じ内容の話を、そして、マネージャーになった経緯を彼らに伝えた。


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