桃城!と国光が彼の名前を呼ぶ。
元気な返事と共にこちらに駆けてきたのは、桃城武くんという爽やかな1年生。


「1番コートに入れ」
「えっ!も、もしかして手塚部長と試合ですか!?」


期待に目を輝かせ、わくわくした表情でそう言う彼の前へ、1歩進んだ。


『残念、私とだよ』



* * *



「俺、苗字先輩と打ち合いしてみたかったんスよ!よろしくお願いしますっ!」


先程と同じようにきらきらとした笑顔で言われ、私も嬉しくなる。
なーんだ、とか言われなくて本当に良かった。


『よろしくね。名前でいいよ、桃城くん』
「!じゃ、じゃあ!俺のことも桃って呼んでください!」
『ふは、おっけー、桃ね』


彼を見てるとこちらまで元気になってくる。
どんなゲームになるのか、とても楽しみだ。


「ゲームは2ゲームのみだ、いいな」
「ウッス!」


サーブは桃から、ということで、国光が桃へボールを渡す。
っしゃ〜やるぞー!と意気込む桃に、彼の名を呼んだ。


『桃、本気で来い』
「…!はい!」


敵を見据える強い瞳。
秀は相変わらずハラハラしているが、桃の闘志に火がついたのならこちらとしては大満足。
ジャッジは国光がやってくれるらしい。
主審台に座る彼の、始めろ、という声で、桃は空高くボールを放った。


「っらァ!」


まさに力業。
彼自身を表しているかのような、鋭く重い球が真っ直ぐに向かってくる。
彼のパワーサーブに打ち勝てる程のパワーは、私にはあるだろうか。
重心を下げ、両手でラケットを強く握り、丁寧に返した。


「!全力で打ったつもりなんすけど、ねぇっ!」


また力強い球が返ってくる。
それでもサーブよりは威力は劣るのは確かだ。
スライス寄りの面で、丁寧に。
桃のパワー攻撃、そして私の丁寧な返球、それが数回続く。


「おらっ!」


そろそろ仕掛けてもいいだろう。


『桃、パワーばっかじゃダメだよ』


ボールがラケットに当たる直前、肘を引き、すっとラケットを傾けた。
威力を失った球が桃のコートのネット際へと落ちていく。


「っ!」


走り出した桃はラケットを伸ばすが、落ちたボールは桃の方ではなく、ネットの方へと小さく跳ねた。


「0-15」
「……ま、マジ…?」
『あと一歩足りなかったね』
「ぐっ…」


サーブの位置に付いた桃の目付きが変わる。
その口元は先程までの弧ではなく、きゅっと固く結ばれていた。
ゾクリと体が震える。
出来るじゃん、そういう目。


「っら!!」


またしても威力のある凄まじいサーブは、だからこそ、その威力を利用できる。
バックに構えたラケットを両手で握り、左足を大きく下げ深く曲げた。
体全体を左へ捻り、左足をバネに前へ飛び出るように全身を使って振り抜く。
所謂"ジャックナイフ"と呼ばれているものの応用だ。
この打ち方だと着地は右足になってしまうが仕方ない。
が、それよりも流石は桃のサーブだ。


『っ…』


足よりも、両手で持ったにも関わらず手首への衝撃が凄まじく、ぴりぴりと痺れが残る。


「っえ…」


桃のサーブの威力を活かした豪速球はクロスへ真っ直ぐ飛び、桃が反応するよりも早く、大きな音を立てて後ろのフェンスへとぶつかった。


「…ラブサー」
『ま、待って、手ぇ痺れた…』


かっこよく我慢しようと思ったけど無理だった。
痺れる手をぷらぷらと振れば、じとりと国光の視線が突き刺さる。


「…名前、無理をするなと」
『いやぁ桃!凄いね!流石だね!』
「ぅえ!?や、名前先輩のがスゲェんじゃ…!?」


国光からの無言の圧を受けつつも、もう大丈夫、とラケットを構えれば小さなため息が聞こえる。


「0-30」


まだ、ゲームは始まったばかり。



* * *



その後、流石に桃相手では厳しいのでパワー対決は封印してまた丁寧に桃のサーブを返し、何処に跳ねるか分からない球で桃を翻弄しながら、桃のサービスゲームをブレイクした。
続いた2ゲーム目は私のサービスゲームだ。
一発目からサイドに大きく跳ねるサーブを打ち、次もそうかと思わせて今度は真上に跳ねるサーブ…と惑わせていれば、英二の時とは違って桃は一球も返すことが出来ないまま試合は終わった。


「ありがとうございました!」
『ありがとうございました。お疲れ様』
「へへっ……すっげー悔しいっス」


笑顔ではあるものの、その奥に揺らめくものに目を細めた。
桃はもっと強くなる。


『パワーは十分。そこはこれからももっと伸ばそう。絶対、桃の強い武器になるから』
「はい!」
『でもそれだけに頼ってちゃあまだまだだね〜。どんな球も力強く素直に返すのはいいことだけど、緩急も大事だよ。もっと相手と球をよく見て。どんな風に打ったのか、どんな回転がかかっているのか、相手の呼吸は…って、観察することも大事だよ』
「観察……はいっ!ありがとうございました!」
『楽しかったよ。じゃ、練習に戻って』


桃は再度私と国光にありがとうございましたと一礼して、今まで練習していたコートへと戻って行った。
途端に1年生達に囲まれて笑う桃を、爽やかだな〜と微笑ましく思いながら見ていると、名前、と国光が私を呼ぶ。


「部室に来い」
『え?』
「いいから来い」


有無を言わさず歩き出した国光の後を慌てて追った。


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