部室に着くと、国光は私をベンチに座らせてその前へと片膝を付いた。
訳が分からない。


「な、何…?」
「膝の具合はどうだ」


あぁ、心配してくれてるのか、と理解したと同時にくすりと笑いが零れる。


「大丈夫だよ。これでも膝の使い方上手くなったんだから」
「…お前の大丈夫は信用に値しないんだが?」
「そ、そんなことないって!ていうか、膝より手の方がきつかったもん。桃のパワー恐るべし、だ…」


言って顔を持ち上げて、やべ、と思った。
その無表情は怒っているのか心配しているのか、どっちともとれる顔と視線が合い、彼の視線は私の手首へと落ちていく。


「っあ、いや、今はもう…!」


大きな手が私の右手を掬い上げた。
そっとジャージの袖を捲られ、もう片方の手の親指で私の手首周りを何度か優しく押される。


「痛むか?」
「え…いや、もう大丈夫だけど…」
「………」
「ほ、ほんとに大丈夫だって……」


私の手を持ち上げたまま、難しそうな顔をして黙ってじっと私の手首を見つめる国光にどうしていいのか分からない。
えっと、何をしているんでしょうかこの人は…
ていうかそろそろ離して…?


「手塚、名前、ちょっと……」


ガチャリと開かれたドアに自然と顔がそちらを向く。
そこでは、貞治がドアを開けたままの体制でこちらを見て固まっていた。


「貞治?どうしたの」
「失礼、邪魔したな」
「えっ?」


私の声を遮って、貞治はパタンとドアを閉めた。
しんと静まり返る部室で、私と国光はなんだと顔を見合わせ、同時に触れ合っていた互いの手に視線を落とす。


「…!!」


バッと手が離され、勢いよく国光が立ち上がった。


「あ〜…貞治の奴、誤解したな?」
「っ…言ってくる」
「あっはは、国光じゃ余計に誤解されそうだから私が言っとくよ」
「……頼む」


珍しく慌てた様子の彼に小さく笑い、今頃物凄いスピードでノートに文字を書き殴っているであろう貞治を想像しながら部室を出た。



* * *



ぱたんとドアが閉まり、名前の姿が見えなくなる。
俺はふと自身の両手へ視線を落とした。
自分の手よりも随分と小さかった彼女の手。
手首や腕は思っていた以上に細くて、力を入れたらすぐに折れてしまいそうな程。
今まで全く気にしていなかったのに、あの、白く繊細な細腕が頭から離れなかった。
思えば彼女は腕だけでなく全身的に、その内にしっかりとした芯はあるものの、存在自体までもがか細く見える。


「あの体のどこにあんな力があるんだ……」


桃城のサーブを打ち返したあのショット。
柔らかく弾んだあの左足。
痺れを分散させるようにひらひらと動かしていたあの手。
もしも彼女の膝に故障が無かったら。


「………」


もし俺が、肘を故障していなかったら。
一度でいいから真剣に試合をしてみたかった。
本当に、惜しい人材だ。
と、心からそう思う。



* * *



「貞治」


思っていた通り、一心不乱に文字をノートに書き連ねている貞治に声をかければ、彼は手を止め顔を上げた。


「もう、いいのか?」
「いいもなにも、国光はただ私の手の心配をしてくれてただけだよ。桃のパワーに正面からぶつかったから」
「…あらら…早とちりをしてしまったみたいだね」


貞治は今まで書いていたノートに視線を落とし、何かを書き加えてからパタンとそれを閉じた。


「だが、このメモは捨てずに取っておこう」
「…使い道あるの?それ」
「さあ?」


それにしても…と貞治がノートを、恐らく先程とはまた違うページを開いて私を見た。


「さっきのあのショット…ジャックナイフに近しい感じだね」
「そうだよ。本当はジャンプして叩かなきゃいけないけど、ジャンプは得意じゃないから」


そのせいで威力は半減だけどね、と笑えば、貞治は理解しているというように頷いた。


「だからこそ、桃城のあのパワーサーブにぶつけたんだろう?あいつのパワーを有効活用しつつ、名前の身体の柔らかさを上手く使った見事なショットだったよ」
「ふふ、ありがとう。桃にもあれが一番効くかなって思って。まぁ、もう桃相手にあれは使いたくないけど」


あの時の手の痺れはしっかり覚えている。
いつの間にかあんな威力のサーブを打てるようになっていた桃に驚いたのも確かだ。


「いや〜、桃のレギュラー姿が楽しみだなぁ」
「フフ、アイツならそのうちすぐになるよ。俺のデータが確かならね」
「んふふ、それってつまり確定みたいなもんじゃん」
「桃城次第、ってとこかな」


名前、と後ろから声がかかった。
貞治と共に振り返れば、周助がにこやかな笑みを浮かべて立っている。


「お疲れ様。休憩?」
「うん。さっきのパワーショット凄かったね、ビックリしたよ」
「ラケット吹っ飛ばされなくてよかったよほんと」
「無茶して手首を痛めないようにね?それと、手塚から伝言だよ。この後はAコートで審判をしながら、タイム計測とゲームの記録をとってくれ、だって」


私と桃との打ち合いの時に記録係をしてくれていた周助が、持っていたストップウォッチとバインダーを私に差し出してきた。


「あれ、海堂くんとの打ち合いは…?」
「それはまた次回にするって。手塚なりに、キミを休ませたいんじゃないかな」
「んぇ、大丈夫なのに」
「僕達も勿論だけど、なんだかんだ、一番名前のことを心配しているのは手塚だからね」


最初は僕と英二のゲームだから、よろしく。
にこりとそう言って周助は去っていく。
ストップウォッチをポケットに仕舞う私の横でおもむろに貞治がノートに何かを書き始めたが、見なかったことにしておいた。


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