1番コートでは、2年レギュラー達がサーブ&レシーブの練習をしている。
バインダーを片手に戻ってきた私に、国光が軽く声をかけてきた。


『皆確実に前より早くなってるよ。スタミナ管理がまだまだな子も結構いるけど』
「そうか」
『サーブ出す?』
「あぁ、お前が戻ってきたら頼もうと思っていた」


おっけー、とバインダーとストップウォッチをベンチに置いた。
そこにはマラソン計測前に国光に頼んでおいた私のラケットも立てかけてあり、お礼を言ってそれを手に取った。
私がラケットを持った瞬間、フェンス向こうの女子生徒達から悲鳴(?)が上がり国光が若干眉をひそめたが、私は何も聞いてないし何も見てない。
……うん、何も聞こえない、何も見えない、うん。


「全員向こうのコートに行け。サーブは名前に出してもらう」


国光の声に真っ先に、おっ、と嬉しそうに声を上げたのは英二だ。


「やった〜!名前のレシーブ練、楽しいから大好きなんだよにゃ〜」
『んふふ、今日はどこに跳ねるかな?』
「どこに跳ねても返してやるもんねーっ」


センターにカゴを置き、対面に列を作る彼らと対峙する。
この練習は基本私がランダムに色々なサーブを出し、それを左右どちらかのコーナーへ返すというもの。


『私かカゴに当てたら罰金ねー!』


今となってはそんなことはほぼありえないけれど、初期の頃に私が始める前に言ったこのセリフが今ではもうお決まりのセリフとなり、この言葉をもってこの練習はスタートする。
彼はあれが苦手だから、また別の彼はこれが苦手だから、と相手に合わせたサーブや、時には不規則に跳ねるサーブを打っていくうちに、悲鳴(?)なんかも全く気にならなくなった。

初めこそ皆私の不規則サーブに苦戦していたものの、繰り返していくうちに全員が球の回転や弾道を徐々に見極めることが出来るようになっていた。
中でも飲み込みが早かったのが、やはりというべきか、国光と周助だ。
この2人は今ではもうほぼほぼ私のサーブに翻弄されることなく綺麗にリターンを決めていく。
ちょっと悔しい。
密かに新しいサーブでも考えておこうかと思ったくらい。


「あ〜ぁ、今日も全部返せなかったなぁ。くっやしぃ〜…」
『そう簡単には返させないよーだ』


打ちっぱなしだった肩をぐるぐる回しながらいつだかのお返しにべっと舌を出せば、英二はドリンクを握りしめてむきぃ〜と目を釣りあげた。
そんな英二を笑っていると、彼の横に秀が座る。


「俺達と打ち合うようになってから、名前ちゃんのサーブもショットもどんどん進化してるからね。一筋縄じゃあいかないよ」
『こっちにもプライドってもんがあるんです〜』


有難い秀の言葉に乗っかるように続け、よっ、と立ち上がった。
今日の予定では、この後は軽くラリーをしてからフリー練習試合だ。
恐らく海堂くんとの打ち合いは練習試合の前だろう。
ちらりと視線を送れば、丁度海堂くんがコートを走っている。
自身が打ち返した球がコーナーギリギリに鋭く刺さったのを確認し、ゆらりと踵を返した。
また、その隣のコートでは今度は桃がいつにも増してやる気満々なパワーショットを炸裂させていて、思わず口元が緩む。


「少し打っておくか?」


目線を戻せば、国光も向こうのコートの方へそっと視線を送っている。


『んー…いや、万全の状態にしたいから、この後のスコア表とかの準備しながら足休めとく』
「分かった。今日の相手は海堂だからな…途中で痛むようなことがあればすぐに言え」
『私が言うと思って言ってる?それ』


ぐっと眉を寄せた彼の視線が私へ向いた。


「すぐに言え」
『気が向いたらね』
「おい、」


何か言いたげな国光を無視して、ベンチにラケットを立てかけて足早に部室へと向かった。


「ふふ、心配事が尽きないね?手塚」
「…全くだ」



* * *



時たまアドバイスを出しながら見守っていたラリーも終わり、いよいよ練習試合の時間がやってきた。
体の中心が緊張によってとくりと弾む。
彼はどんなゲームを見せてくれるのか、とても楽しみだ。


「海堂!1番コートに来い!」


国光が海堂くんを呼ぶと、すぐに彼がやってきた。
ベンチから立ち上がり彼の前へ立つと、彼は少し驚いたように目を開いて私を見つめた。


『この前の桃と私の打ち合い、見てた?』
「…はい、あの…」
「今から名前と2ゲームのみの打ち合いをしてもらう」
「!ッス…!」


ガバッと私に大きく頭を下げた海堂くんに、今度は私が少し驚いた。
見た目に反して案外素直で可愛い子なのかもしれない。
桃の時と同じように、嫌そうな顔をされなくてよかったと内心ホッとした。


「えっ!?名前様試合するみたいだよ!?」
「嘘!!カメラカメラ…!!」
「名前様頑張ってぇ〜!!」


「………」


……うん、大丈夫、何も見えない聞こえない、うん、大丈夫大丈夫。


「…サーブは海堂、お前からだ」
「はい」


国光からボールを受け取った海堂くんが、真っ直ぐに私を見つめた。
目の前の敵を絶対に倒す、という意志の籠った強い目。
桃といい海堂くんといい、なんて良い目をするんだろう。


「よろしくお願いします」


今度は頭を下げず、私を見据えたまま静かに言う海堂くんににこりと笑みを向けた。


『よろしく。…海堂くん』
「?…はい」
『私は負けないよ』
「!」


ぎん、と海堂くんの目付きが鋭くなる。


「俺も、負けません」


互いに背を向け、コートの端と端に立った。


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