６
国光の合図で、海堂くんが高くトスを上げた。
長い腕から振り下ろされるサーブは、桃よりパワーは無いものの鋭いキレがある。
様子見でストレートへと打ち返せば、彼は素早くコートを駆け、バックに構えたラケットを大きく振り抜いた。
『！』
早速来たな、と左サイドへと走る。
彼のボールはストレートへ、と思いきや、ボールは弧を描くように軌道を変え、大きくカーブしてクロスサイドギリギリへと向かってくる。
これが彼の"スネイク"。
それを左右に繰り返すことで相手をひたすらに走らせスタミナを削り、疲れきったところにトドメを刺す、というなんとも私の膝と相性の悪い相手だ。
ただ、私にだって"バギーホイップショット"なら打てる…ハズ。
海堂くんへ仕掛けるのであれば、早い方がいい。
『海堂くん！同じ技、受けたことある？』
ラケットをバックに構え、下から上へ円を描くように大きく振り抜いた。
リーチが足りない分、膝をバネにしなければ彼を越す程のカーブを出すのは難しいが、そこは耐えてくれることを祈るのみ。
「っ…！？」
強力な回転によって大きくカーブするボールは、海堂くんが慌てて動き出すのと同時にネット際へと落ち、届かれることなくポールの方へと大きく跳ねていった。
「0-15」
ギロリ、と海堂くんが私を睨む。
その奥にある感情が読めず、正直ちょっと怖い。
けど、これで彼の闘志にも火がついてくれたのなら本望だ。
その証拠に、海堂くんのサーブは先程のものより威力もスピードも段違いに上がっている。
挑発に乗りやすいのは難点だと思うが、まぁそこも合わせていつか海堂くんの武器になってくれるだろう。
緩やかにカーブを描く球が海堂くんのコートへと戻っていく。
あちゃー、返しやすそうな球になってしまった。
やっぱ膝使わないとあまり曲がんないなぁ…
「ふっ…！」
『！…ふふっ』
ほぼセンターで跳ねた私の球を海堂くんが返す。
彼のその振り抜きに、私は前へ走った。
ついさっき私が打ったばかりの短いスネイクもどき、彼はもうあれを試そうとしている。
ネット際ではないものの、しっかりとサービスコート内の中央付近に落ちた球に、おぉ、と嬉しい驚きの声を漏らしつつ、ラケットを振り上げた。
『凄い凄い！でもこれじゃあ打ちごろだね！』
少し手首の角度を変え、深く踏み込み下から振り抜く。
カーブのかかった球は海堂くんのフォアサイドへ深く飛んでいき、海堂くんがそれに合わせて走り出した。
『本当にそっちかな？』
「っ…！」
バウンドした球は、海堂くんが走る方とは逆へ、まるで逃げるかのように大きく跳ねた。
「0-30」
相変わらずギラギラと睨んでくる海堂くんに、にこりと笑ってみせた。
次も、そのまた次も、諦めることなく海堂くんは先程のショットを私に打ってくる。
しかしどちらもサービスコート内には入るものの、私に打ちごろの球を送ってくれるようなもので終わってしまった。
続いた私のサービスゲームでも、昨日の桃同様、海堂くんは一球も返せずにゲームは終了した。
一回だけ、彼の執念か何かで届きそうな時があってヒヤヒヤしたが。
『ありがとうございました。楽しかったよ！』
「…ありがとうございました」
悔しそうに視線を落としたまま、海堂くんはぺこりと小さく頭を下げた。
『ふふ、あの諦めの悪さ、凄く海堂くんらしくて良かったねぇ。海堂くんなら私のやつなんかより絶対、もっといい球が打てるようになるよ』
「…ッス…」
『球に執着するのはいいことだけど、海堂くん本来の戦い方を忘れちゃだめだよ？まぁ…難しいこと言うけど、執着しつつも粘り勝て！って感じかなぁ…？』
「………」
『てことで、海堂くんは今以上に左右へのフットワーク、腕の振り抜きの柔らかさ、そしてパワーをグレードアップさせていきましょう！』
苗字先輩、と初めて彼に呼ばれた。
首を傾げれば、少し伏せられていた目がじっとこちらを見上げてくる。
「次は、負けません」
彼の言葉に口端が上がった。
『海堂くん、薫って呼んでい？』
「っえ、あ、ハイ…？」
『私のことも名前でいいよ。私だって負けないからね、薫』
ぴしっと姿勢を正した薫はがばりと私に一礼し、そして主審台から降りて来た国光へも綺麗な一礼をして、いつも通りゆらゆらと歩いていった。
『…案外礼儀正しい子だった』
「そうだな」
『んっふふ、桃も薫も、かぁわいいなぁ』
「…かわ…？」
そうだろうね、国光には分かんないよね、うん。
分かられてもそれはそれで困惑物だけど。
「膝は？」
『大丈夫だよ』
「そうか、ならいい」
本当は踏み込みの時に少し違和感を感じたけど、まぁ良くあるやつだしまた変に心配されるのも嫌だったから黙っておいた。
「この後だが…」
この後は昨日と同じくひたすら2年レギュラー陣の試合記録係。
そして、今日の部活後に、桃と薫には時間を貰って私のことを伝えることとなった。
back