桃、そして薫がレギュラー練習に加わるようになってから約一ヶ月が経ち、2人は目まぐるしい成長を遂げていた。
まだまだ勝たせはしないが、最近の打ち合いでは時たまヒヤッとさせられることもある。
彼らの成長は嬉しいものではあるが、その成長にはやっぱり羨ましさも感じる。
2人だけじゃない。
皆、いつかは私なんか軽々と越えていくんだろうなという現実を考えると、少し寂しくもあった。

…ダメだダメだ、変なこと考えないようにしなきゃ。
精一杯出来ることをすると決めたんだから、余計なことを考えてたら彼らに失礼じゃないか。
明日の終業式が終われば、次の日からは冬休み。
たっぷりある時間で、がっつり練習も始まるんだから。

部活終了後、女テニの部室で着替えを終え、ふとスマホを見れば父さんからのメッセージが届いていた。
短文のそれは、時間が出来た時に連絡して欲しい、とだけ書いてある。
なんだろ、なんかあったのかな。


『お先です、お疲れ様』
「あれ、名前ちゃん今日早いね?」
『なんか親から連絡があって…』


スマホを握った手を振りながら言えば、彼女達はそっか、またね〜と笑顔で手を振ってくれた。
外に出て、とりあえず共用壁打ち場の所まで来てスマホの画面を叩いた。
今向こうは大体朝の5時……2人共起きているだろうか。
一応電話ではなく、メッセージでどうしたの?と送ればすぐに父さんから電話がかかってきた。


『もしもし、父さん?』
「"あぁ、名前か!"」


ほぼメッセージのやりとりだったから、声は久しぶりに聞いた気がする。


『うん、どしたの?なんかあった?』
「"いや実はな…母さんのお父さん、お前のじいちゃんからド深夜に連絡があって、今あっちのばあちゃんが病院にいるらしいんだよ"」


え、と声が漏れた。


『大丈夫なの!?』


慌てる私を他所に、聞こえたのは父さんの苦笑する声。


「"俺も焦ったんだけど、ばあちゃんの方から詳しく聞いてみれば、どうやら胃腸炎らしくてな…点滴の為に入院はするけど、数日経てばすぐ治るらしい"」


すぐ治る、という言葉に、あぁ…と納得と安心と苦笑が同時に詰まったような声が出た。
母方のおじいちゃんは、良くも悪くも心配性であり愛妻家だ。
…つまりまぁ、そういうことだろう。


『変な病気とかじゃないんだよね…?』
「"あぁ。まぁ、辛いのには変わりないんだけどな。なんだけどさ、じいちゃんが慌てちゃって…悪いんだけど、様子見に行ってやれないか?"」
『うん、明日なら終業式で部活も無いし、終わったらすぐ行くよ』
「"悪いな、頼むよ"」


病院の名前と場所を聞き、気をつけてな、という父さんからの言葉を最後に電話を終えてスマホを下ろせば、名前、と控えめな声が私を呼んだ。
振り向けばそこにはいつの間にかレギュラー陣が様子を伺うようにこちらを見ていて。


『あ、ごめん、ちょっと父さんと電話してて』
「いや…何かあったのか?」


少し内容が聞こえてしまって、と素直に申し訳なさそうに言う国光とそれを見守る彼らに苦笑し、実はね、と先程の話を伝えた。


「胃腸炎か…数日で治るとはいえ、辛いね…」


まるで自分のことのようにくしゃりと顔を寄せる秀は本当に優しいと思う。


『明日終業式は午前で終わりだし、部活も無いからちょっと様子見てくることになって』
「そうか。気をつけて行ってこい」
『ふは、父さんか』
「…?」



* * *



終業式が終わり、私は真っ直ぐ駅に向かった。
目指すは神奈川にある金井総合病院。
最寄り駅からスマホで道を調べながらたどり着いたそこは、ネットの画像でみた写真よりも遥かに大きな建物のように見えた。

受付で祖母の名前を伝え、部屋番号を教えてもらってから面会札を受け取りエレベーターに乗り込んだ。
数年ぶりの病院独特の匂いに懐かしさが浮上してくる。
どん底だったあの頃、嫌という程に体に染み付いた病院の匂いはあまり好きじゃないけど、今はもう前より嫌だとは思わなくなったかもしれない。

コンコン、とドアをノックすれば、スルリと開いた引き戸からこちらを覗いたおじいちゃんの顔が一瞬にして驚きに染まった。


「ぁ、あ…名前ちゃん…!?」
『…もしかして、父さん達から今日私が来ること聞いてない…?』


聞いてないぞ…!と慌てて私を室内に招き入れてくれるおじいちゃんに、苦笑と共に小さくため息をついた。
私からも連絡しとくんだった。


「名前ちゃん、よく来てくれたねぇ」
『おばあちゃん!大丈夫…?』
「大丈夫よ。病院てのはやっぱりすごいわねぇ。一晩でこうも体の調子が良くなるなんて」


腕に針を刺したおばあちゃんは少し動作がゆっくりしているものの、顔色も悪いわけじゃないし、声に元気がないわけでもなくて安心した。
おじいちゃんと一緒にベッドの近くに座って、最近はどう?なんて話をしながら30分程過ごしていると、段々おばあちゃんの頭がふらふらと揺れ出した。


『おばあちゃん、眠い?』


おばあちゃんが少し困ったように笑う。
けれど、その顔には嬉しさが一杯に滲み出ていて。


「名前ちゃんに会えて、楽しそうな学校の話も聞けて、安心しちゃったのかしらね」
『ふふ、父さんと母さんには悪いけど、青学に通ってよかったよ』
「でも困ったなぁ…来年はどっちを応援したらいいか分からん」


おじいちゃんの言う、どっち、というのは勿論青学と立海のことだろう。


「あら、勿論名前ちゃんの所を応援するに決まってるじゃないの」


どっちも応援するけれど、青学と立海が戦うことになったら迷いなく青学を応援する、とおばあちゃんは笑ってくれた。
おじいちゃんもそうだなと頷き、立海の三連覇を防げたらかっこいいぞ、とにやりと笑った。


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