「では、次期生徒会長手塚くん、副会長苗字さんを中心に、これからの青学をよろしくお願いします。2人共、あとは頼んだよ」
『「はい」』


生徒会選挙、そして全校集会も終わり、放課後の生徒会室に集まる先生達や生徒会役員生に見守られながら、私と彼は現生徒会長にぺこりと一礼した。


「まぁ、二人に関しては心配は全くしてないけど、何か困ったことがあったらいつでも相談に乗るからね」
「はい。ありがとうございます」
『ふふ、その時は遠慮なく頼らせていただきます』


あーあ、名前ちゃんとももうすぐお別れかぁ〜、なんて寂しそうに言ってくれる先輩達に嬉しく思いながら、この1年間半生徒会で頑張ってきて良かったなぁとしみじみ。
あと半年はあるけど、されど半年。
来年の春、私は青春学園中等部の3年生になる。


「では今日はこれで解散します。残り半年ありますが、現3年生は各自早めに引き継ぎをお願いします」


お疲れ様でした、と声が揃った後、ぞろぞろと皆が生徒会室を後にする。
私も帰ろうとカバンを持ち上げようとしたその時、


「苗字、少しいいか」


私を呼んだのは、手塚くんだった。


『ん?どしたの?』
「この後予定はあるか?」
『いや、無いけど…』
「少し時間をくれ」


そう言って自身のラケットバッグを背負った手塚くんにハテナが浮かぶ。
彼が私に何の用だろう。
早速生徒会に関する相談かな、仕事熱心だなぁ。


「お?なんだ手塚、告白か?」
「えっ!?」
「はぁ!?ちょっと待てお前…!!」


んなわけあるか。


「違います」


茶化す先輩、慌てる同級生や後輩達をバッサリ単調な一言で斬り伏せ、手塚くんはスタスタとドアへと歩いて行く。


「頼みがある。着いてきてくれないか」
『頼みぃ…?』


なんとなく嫌な予感を感じながらも、特に断る理由もなかったので生徒会室に残る彼らに挨拶をして素直に手塚くんの後に続いた。



* * *



『ねぇ、頼みって何なの?』
「着いたら話す」


私の数歩前を行く手塚くんに何度か声をかけても、返ってくるのは同じ言葉。
彼はどこに向かっているんだろう。
こっちって、主に数学で使ってる移動教室しかなくない?


「ここだ」
『ここって…数学準備室じゃん』


なんでまたこんな所に?
手塚くんがドアをノックし、失礼します、と模範生徒のように中へ入っていく。


「苗字を連れてきました、竜崎先生」


竜崎先生って、数学の?
なるほど、先生が私に用事があったのか。
…なんで?


『失礼します…?』


とりあえず彼に倣って私も中に入れば、


「ああ、やっと来たね」


笑顔の中の鋭い眼光が私を射抜いた。
前から思ってたけど、相変わらずかっこいい表情をするなぁこの人は。
でも、ちょっと待ってほしい。
竜崎先生と手塚くんの組み合わせを前に、私の先程の嫌な予感が増していく。


「立ち話もなんだ、ほれ、座った座った!」
『は、はい、失礼します…』


手塚くんと共に竜崎先生が引いてくれた椅子に座れば、竜崎先生はどこからか一冊の雑誌を取り出し私に差し出してきた。
見覚えしかないその雑誌に、人知れず嫌な汗が背中を伝う。


「"アメリカで活躍中の天才ジュニアテニスプレイヤー、事故で膝を故障"………この記事、お前さんだろう?苗字」


付箋が貼られた箇所を竜崎先生がぱらりと開くと、もう思い出したくもないあの記事が私の目に入り込んでくる。
自然と目線がその記事を遠ざけるように動いた。


『……違います』
「全部、南次郎から聞いてるよ」
『!!なんでっ…』
「あいつはアタシの教え子だからねぇ」


あのジジ……いや、あの人、余計なことを…
南次郎さんが青学の卒業生だったことを失念していた。
竜崎先生にじっと見つめられ、観念したようにはぁとため息が漏れた。


『そうです…その記事は私について書かれたものです、けど…』


嫌な予感って、本当に当たるんだな。


『…私をここに連れてきたのは、わざわざそれを見せるためですか?男子テニス部部長さん』


じろりと手塚くんを横目で睨めば、彼は少しぴくりと肩を震わせ、いや…と言葉を濁した。


「まぁそう睨んでやるな。アタシが頼んだんだよ」
『竜崎先生が…?』
「聞いたところによると苗字、お前さん、部活には入っていないそうじゃあないか」
『…そうですね。やりたいこともなかったので』


それは嘘では無い。
テニスを失ってからというものの、本当にやりたいことが見つからないままここまで来てしまった。


「お前さん、まだテニスは好きかい?」


竜崎先生の言葉は、私の内の黒いものを溢れさせるのには十分で。


『嫌いです』


ずきりと痛む心に蓋をしてそう言い切れば、少しの静寂の後、数学準備室に竜崎先生の笑い声が響いた。


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