会話が止まり、気まずい空気が流れていくような気がした。
言わなきゃ良かったかな…でも、嘘はつきたくはなかったし…


「そう、なんですか…」


じゃあさようなら、となるだろうと思っていたその言葉の続きは、意外にも、


「残念だなぁ」
「へ…?」


困ったように笑う幸村さんは立ち上がる気配すら無い。


「苗字さんが立海に通っていてくれてたら良かったのに。貴女の活躍はうちの部の誰もが知ってます。俺の友人にも何人か、貴女の熱心なファンがいるんですよ」


勿論、俺もその一人です、と優雅な笑顔を向けられ、言葉に詰まってしまう。
こうも直接的に言われる恥ずかしさもあるが、今となってはあの頃の自分には到底届かない所にいる自分の小ささを改めて感じた。


「…あの時の私は、もういませんから」


思わず口をついて出た言葉に、すぐに後悔の念が押し寄せた。
こんなこと、出会ったばかりの彼に言ってどうするんだ。
しかも彼だって詳しくは分からないが、あの時の私と同じように患者衣を着て病院にいるというのに。


「す、すみません、幸村さんのこと良く知らないのにこんなこと…」
「あの…少し踏み込んだ話を聞いてもいいですか?勿論、無理には聞かないし、話したくなければ話さなくてもいい」


彼の真面目な顔の中には、不安と、それから心配も混ざっているように見えて。
彼が患者衣を着ているからだろうか、ここが病院だからだろうか、何故か私はいつの間にか出会ってすぐの彼に過去の話をしていた。



* * *



大会中にチームメイトからラケットで膝を殴られた話をした時は、幸村さんはまるで自分のことのように怒り、悔しがり、悲しんでくれた。
長い治療とリハビリを経た先に自ら膝を壊し、テニスから逃げるように日本へ帰国して、両親の面影を残す立海ではなく青学へ入学し……そして彼らと出会い、2年の秋にマネージャーへ。


「…聞かせてくれてありがとう」


幸村さんは悲しそうに微笑んだ。
そして、やっぱり立海に入学してほしかったな、と、息と共に思いを吐き出した。


「苗字さんを暗闇から連れ出したのが、俺達だったらよかったのに」
「…優しいですね」
「なんだろうな、さっき初めて貴女を見た時、なんとなく貴女の力になれたらって思ったんです。と言っても、今こうしてここに居る俺だから思えたのかもしれないけれど…」


そうだ、私はまだ、何故彼がここにいるのかを知らない。
彼の寂しそうな横顔に、どこか自分の心が重なって見えた。
多分彼にはその元気そうな見た目とは裏腹に、私が思っている以上に何かがのしかかっているのだと直感が告げた。


「…幸村さんの話も、聞いてもいいですか?」
「勿論です。貴女にだけ話してもらう訳にはいきませんから」


幸村さんは最初、立海のテニス部の話をしてくれた。
聞いている限りでも、うちと同じく個性的なメンバーが揃っている立海のテニス部の話をしている幸村さんは、とても幸せそうな、でも寂しそうな微笑を浮かべていた。
けれど彼が立海を愛し、仲間を愛し、そしてテニスを愛していることは容易に伝わってきた。

それからひと呼吸おいて続いたのは、彼の身体を蝕む病の話。
免疫系の難病であるそれは、段々と手足が麻痺し、体の自由が徐々に奪われていく、という恐ろしい病だった。
10月に倒れた彼は診察や検査を経て、つい最近この病院への入院が決まったのだと。


「こんな所にいて大丈夫なんですか…!?」
「ふふ、今日は調子が良いから大丈夫ですよ」


そう言って笑う幸村さんの笑顔の奥に見えたもの、私はやっとそれを理解した。
あの時の私と同じように、彼もまた不安を抱えているんだ。
テニスから離れなくてはいけないのでは、という大きな不安を。


「今はこんな格好をしているけれど、俺は絶対にコートに戻ってみせる。貴女達青学にも負けるつもりはないですよ。必ず、俺達の手で全国三連覇を成し遂げます」


こんな時はなんて言葉をかけたらいいんだろう。
当時の私によくかけられた言葉である、大丈夫、頑張れ……どちらも有難い言葉ではあるものの、いつも胸が締め付けられるように痛んだのは今でも覚えている。


「幸村さん」
「はい?」
「あの…上手くは言えないんですけど……来年の大会、お互い万全の体制でコートで会いましょう」


大丈夫も、頑張れという言葉も使いたくはなかった末になんとか絞り出した言葉。
幸村さんは驚いたように目を見開くと、すぐにふわりとした笑顔を見せた。
それは今日見た中で、一番の純粋な笑顔だった。


「ありがとうございます。ここ最近で一番嬉しい言葉だ」


ほっとして笑顔を返した私に、ところで、と幸村さんが少し明るい口調で言った。


「良かったら、俺と友達になってくれませんか?」
「へ」
「苗字さんさえ良ければ、またこうして話が出来たらなって。友達なら、学校なんて関係ないでしょう?」


少し照れたように言う幸村さんに、否定の言葉なんて出てくるはずもなく。
勿論です、と言えば彼はまた嬉しそうに笑った。


「名前って呼んでもいいかな」
「はい」
「俺のことも名前で呼んでくれたら嬉しいな。同じ2年だし、お互い敬語も無しでね」
「じゃあ、精市?」
「うん。よろしくね、名前」
「ふふ、よろしく、精市」


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