年が明け、起きてすぐ祖父母に新年の挨拶をして、支度を済ませて車に乗り込んだ。
昨日は新年を迎える前に寝てしまったから、起きてすぐに見たスマホには日が変わるのとほぼ同時に数人からのメッセージが届いていた。
車に揺られながら、続々と届く色んな人からの新年の挨拶にも返事をしていれば、あっという間に神奈川の祖父母の家に着いた。

去年までは基本的に都内の祖父母の家に集まっていたのだが、今年は神奈川の祖父母の家に集まることになった。
なった、というか、私が頼んでそうしてもらったというか。
というのも、いつ行けるか分からない精市への挨拶に丁度いいと思ったからだ。
直前の連絡だったにも関わらず、快くOKしてくれた祖父母達には感謝しかない。

こっちでも挨拶を済ませ、時たま訪れる親戚の人達やご近所さんにもついでに挨拶をしたりと、案外忙しない時間を過ごしていれば、いつの間にか精市との約束の時間が近づいてくる。


『そろそろ病院行ってくるね』
「行ってらっしゃい」
「気をつけるんだよ」


祖父母達に見送られ、私は一人家を出た。
最初はおじいちゃんが車で送っていこうかと言ってくれたのだが、歩いても行ける距離だったので、いい天気だし折角だから散歩がてら歩いて行くことにした。
道中少し寄り道をして、アーケード街にあるドライフラワーショップで彼に似合う青紫を基調とした小さめのフォトボックスを買い、真っ直ぐ病院へと向かった。

受付で彼の部屋番号と名前を伝え、面会札を貰ってエレベーターに乗り込んだ。
偶然出会ったあの時とは違い、こちらから会いに行くのは初めてだからどことなく緊張する。
お花、喜んでくれるといいけど…

コンコン、とドアをノックすれば中から、はい、と彼の声が返ってくる。
変な緊張を押し流すように一度息を吐いてから、そっとドアを開けた。


「やぁ。来てくれてありがとう」


明けましておめでとう、と精市が笑う。
言おうか言わないか悩んだその言葉は、案外すんなりと精市から言ってくれた。


『ふふ、今年も宜しくお願いします』


ベッドに座り、こちらこそ、とあの時と変わらない微笑みを浮かべた精市に近づき、お土産、とそっと紙袋を差し出した。
驚きに目を開く彼は私から紙袋を受け取り、その中から取り出したフォトボックスを見て困ったように笑った。


「そんな、よかったのに…」
『精市、お花好きでしょ?手ぶらって訳にもいかなかったから』
「…綺麗だね。嬉しいよ、ありがとう」


言葉の通り、嬉しそうに目を細めた精市にほっとしながら近くの椅子に腰掛けた。
ここには先程まで彼の家族達がいたのだろう、沢山の椅子が置いてある。
コトリとサイドテーブルの上にフォトボックスを置いた精市は、丁寧に畳んだ紙袋を引き出しの中へと大事そうにしまった。


『体の調子はどう?』
「名前のお陰で一気に元気になったよ」


と言いつつ、先程から動かす様子を見せない彼の下半身。


『…無理しなくていいよ』


参ったな、と精市が眉を下げて笑った。


「今日は足の調子が良くなくてね。本当はまた、一緒に屋上にでも行けたらって思ったんだけど」
『ふふ、精市の考えてること、なんとなく分かるよ。私も車椅子は嫌いだったもん』
「……本当に、名前に会えて良かったって思うよ」
『私もだよ。いつも精市が送ってくれるメッセージに助けられてるんだから』


過去の私と同じような境遇にいる彼からの、日々の何気ない幸せを詰め込んだかのようなメッセージは、いつもそっと私の背中を押してくれる。
彼に出会う直前まで考えていた悩みがどんどん小さなもののように感じて、私は私だと、今ここにいる私が私なのだと、少し前向きになれているような気がした。


「あのさ、」


一つ聞いてもいいかな、と精市が言った。


『何?』
「初めて会った時、俺が話しかける前…キミは何を考えていたの?」


いつもの朗らかな微笑ではなく、真面目な目に見つめられ、どきりと体に小さな音が響いた。
変に考え込んでいた所をしっかり見られていたのか…


「話したくないなら無理に話さなくてもいい、けど…あの時のキミの横顔が頭から離れなくてね…」


ずっと気になっていたんだ、と、精市は申し訳なさそうに言った。
打ち明けるべきか、否か。
ここは病院だ。
しかも相手が相手。
励ます対象でもある精市に、私なんかの悩みを聞かせてもいいものなのか。
口を閉ざした私に、精市はいつものように優しい微笑みを向けた。


「あの日、俺は名前に元気を貰ったんだ。だから、お礼と言うのも変だけど、何か悩んでいることがあるなら俺も一緒に悩みたい…なんて、ちょっとカッコつけちゃったかな…」


ふふ、と笑うその声は、この場を和ませるためのものだろうことは十分に分かった。


『…あまり楽しくない話になっちゃうけど、いいの?』
「勿論だよ。俺が聞きたくて聞いてるんだから」


そう優しく笑ってくれる精市に甘えて、ここ最近の胸の内を初めて誰かに伝えた。


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