その後、お互い遠慮は無し!と名前やあだ名で呼び合うことになり、全員と連絡先も交換した。
そしてなんと丸井くん、改め、ブン太が買ってきたケーキまでご馳走になってしまった。
多めに買ってきたから好きなの選べよ、と見せられたケーキの箱の中には、多"め"とは…?と思うほど沢山のケーキが並んでいて、一瞬端から端までくださいと注文したのかと思ったくらい。

ケーキを食べながら途切れることの無い会話が続き、最初のお互いの緊張はどこへ行ったのか、病室にはいつの間にか和気あいあいとした平和な空気が流れていた。
初耳だったのが、私の父さんは立海では"神"と呼ばれ、今でもその伝説が語り継がれているらしい。
そして現在、その圧倒的な強さを誇る精市が父さんの通り名を受け継ぎ(本人は恐れ多いと微妙な顔をしていたが)、"神の子"と呼ばれているのだとか。

精市のメッセージでも感じていたが、実際に目にして改めて思う。
彼らも彼らで、うちに負けないくらい良いチームメンバーだ。
そんな彼らといつかコートで対立する日が来るのだと思うと、ちょっと残念に思いながらも、来る日が楽しみだとも思った。
彼らに会うまでは、何としてでも負けられない。


「…む、もうこんな時間か。そろそろ帰らねばな」


時計を見たのか、弦ちゃんがそう言って、室内の声のトーンが少し落ちた。
ちなみに弦ちゃんというのは、雅治が私のためにつけてくれた真田くんのあだ名である。
厳格そうな雰囲気だったから可愛いあだ名でも、と冗談で言った私の言葉が拾われ、若干の困惑と照れから言葉を詰まらせた真田くんをスルーしてこのあだ名がつけられた。
意外にも精市が一番可笑しそうに笑い声をあげていたのが印象的だった。


「皆、今日はありがとう。良い一年のスタートになったよ」


微笑む精市に各々がまた来ると返事をし、座っていた面々も続々と立ち上がっていく。


「名前も良かったら皆と帰って。一人だと心配だからさ」
『え、でも…』


私も病院で過ごしていたから、なんとなく思う。
精市がそうかは分からないけど、大勢の友人が一度に帰った後の病室ほど、自身の奥に渦巻く想いを実感する時間は無い。


「名前」


そっと手招きをされ、精市に近づけば、彼は内緒話をするかのように口元へと手を当てた。
自然と私も耳をそちらへ近づける。


「キミは優しいね。ほら、今日は名前の番だろう?まだまだ楽しみが待っているから、俺は平気だよ」


名前の番、それは、交換日記もどきのメッセージのやりとりのことだろう。
私から体を離した精市は、それに、声のボリュームを元に戻した。


「皆だってもっと名前と仲良くなりたいだろ?だから、皆、名前を頼んだよ」


もっちろん!と元気よく返事をしたブン太が行こうぜと笑う。


『…じゃあ、精市、また来るね』
「うん。待ってるよ」


相変わらず優しい微笑みを浮かべた精市に小さく手を振り、新しく出来た友人達と共に病室を後にした。



* * *



病院を出た所でちらりと後ろを振り返った。
カーテンが閉められた沢山の窓……精市の病室はどれなんだろう。
そもそも、ここから見える面にあるのかさえ分からない程にこの病院は大きい。


「精市が心配か?」
『えっ』


聞こえた優しい声に振り向けば、僅かに口端を上げた蓮二がこちらを見下ろしている。


『…私より、皆の方が心配してるよね。ごめん』
「何故謝る必要がある。誰かを心配するのに、上も下もない。それに、名前にしか共感してやれないことだって沢山あるだろう」


蓮二はきっと、あの帰りがけの私と精市の空気になんとなく気づいているのかもしれない。


「俺は、名前が精市と知り合ってくれたことに感謝している。入院したばかりの頃に見舞いに行った時と、先日見舞いに行った時とでは、明らかに精市の顔が変わっていたからな」
『顔…?』
「あぁ。分かり易くするならば、名前と出会ってから精市に笑顔が増えた、と言えば良いだろうか」


私が精市を笑顔にした、ということになるのだろうか。
あんなにも私の方が助けられていたのに、私は何もしていないのに。


「今日初めて名前に会って、漸くその理由を理解した。俺達の知らない所で精市を支えてくれていたことに感謝する。これからもどうか、友人として精市の良き理解者となってやって欲しい」
『それは、勿論だけど…』


私に出来ることがあるのなら、精市の助けになるなら何でもしたい。
でも、私に何が出来るんだろう。


「あまり重く捉えないでくださいね。私達もいますから。何かあったらすぐ連絡しますし、貴女は貴女らしく、幸村くんと普段通りに会話を楽しんで頂ければ十分だと思いますよ」
「そーそー。幸村くんはぜってーすぐ元気になるから、大丈夫だって!」
『…そっか、…そうだね、そうする』


彼らの方が心への負担は大きいはずなのに、私が励まされてどうするんだ。


『私、今は新年で祖父母の家に来てるだけで、普段は青学の近くに住んでるんだ。だからあまりお見舞いには来れないんだけど…またこっちに来れそうな時は連絡してもいい?一緒に行きたいなって…』


伺うようにそう言えば、彼らは笑顔で頷いてくれた。


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