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『…って、さっき国光が教えてくれたよ』
言葉の最後にそう付け足せば、薫はちらりと国光を見た。
「…だからと言って、無理に話す必要は無い。秘密にしておきたいならそうすればいい」
殆どの視線を集める先で、薫は少し考えてからぽつりと何かを呟いた。
え?と聞き返せば、
「ここにいる全員で、全国で優勝すること、です」
まだ小さかったものの、聞き取れたその言葉に貞治が、ほう、と笑う。
まさか薫の口から全員でなんて単語が出てくるとは思わなかった。
意外性もあって今日一で顔が緩んだ気がする。
「…なんスか」
しーんとなったこの場で、視線を地面に落とし、どことなく照れている様子の彼の頭へ両手を伸ばした。
『薫からそんな言葉が聞けるなんて思わなかった〜!ふへへ、嬉しいなぁ、ふふふ…!』
「っ、やめ、やめてください…!」
『んふふふふ…』
「名前先輩…ッ!!」
抵抗しようにも出来ないでいる薫の頭を撫で回していれば、その辺にしてやれ、と国光から少し呆れたような声がかかり、私の先輩権限の使用は中止された。
若干の困惑を含めたなんとも言えない顔で乱れた髪を整える薫に、ごめんごめん、と軽い謝罪を入れていると、
「手塚と名前は?」
何をお願いしたの?という周助からの問いに、国光は、海堂と同じだ、と先程も聞いた願いを口にする。
そして、皆の視線が私に移った。
『私は、皆が悔いの残らない試合が出来ますようにってお願いしたよ』
国光に伝えた本来の願いの前半は端折ってしまったけど、間違ってはいないし今は大目に見て欲しい。
へへ、と英二が笑った。
「皆のお願いが合わさったら、俺らって無敵じゃん!」
秀とタカさんの、皆が健康でいますように。
周助の、皆の努力が実を結びますように。
国光と薫の、全員で全国へ、そこに英二と桃の願いが重なり、全国大会で優勝できますように。
そして私の、皆が悔いの残らない試合が出来ますように。
フフ、と貞治が少し得意げに笑った。
「いい具合に願い事が並んで安心したよ」
どういう事?と貞治を見つめる私達に、彼は、彼自身の願いを口にした。
「俺の願いは、皆の願い事が叶いますように」
ワンテンポ遅れて、それはずるくない!?と英二が言うが、貞治は口端を上げたままだ。
「どうして?願い自体は1つしかしていないよ」
『…策士だね〜』
「フフ、褒め言葉かな?」
『そうだと思う』
「それはどうも」
* * *
おみくじを引き終えた私達は、一旦人の邪魔にならないところに集まった。
掌の上で綺麗に折りたたまれた紙はまだ開封していない。
「よーしいくぞぉー!せーのっ」
英二の掛け声で、各々が紙を開いた。
私のおみくじの一番上に書かれている太字は、"中吉"だ。
大吉とはいかなかったけど、いい方じゃないかな?
吉やら末吉やらの報告が上がる中で、唯一大吉を引いた秀が、私を含め皆からおめでとうの言葉を受け取って照れくさそうにはにかんだ。
とりあえず、凶が着くおみくじを誰も引かなかったのは本当に良かった。
でも上の太字が何にせよ、こういうのは中身が大事だからな、とその下の細かい内容へと視線を滑らせていく。
…うん、マイナスになるようなことは書いてない。
ちょっとドキドキしていた心が一段落した。
大吉を引いた秀以外の全員が、更にいい運勢になりますようにという願いを込めて、おみくじを指定の紐へと括り付けた。
そして今度は、おみくじの隣にあるお守りが並んだコーナーへ。
「色々あるね…どれがいいんだろう」
同じ祈願内容でも、色形様々な種類のお守りが沢山並んだそこを、タカさんの目が行ったり来たりする。
私も端から順番に目を通していくうちに、ふと、とある場所で視点が止まった。
『うさぎだ、可愛い』
そう零しながら近づいたそこには、指で摘める程の大きさのうさぎの置物がずらりと並んでいた。
形はどれも同じだが、うさぎが両前足をかけているビー玉程の大きさの半透明の玉は、赤や青、黄、緑など様々な色がある。
「へぇ、"跳躍"のお守りだって」
横から周助が、うさぎの置物の前に置かれていたプラカードを見て言った。
『うさぎだからかな。ぴょーんって…言うと、なんか英二みたいだね』
「ふふっ、確かにね」
「ん?なになに〜?」
呼んだ〜?と顔を覗かせる英二にうさぎの置物を指さして今の話をすれば、英二は、おぉ!と楽しそうに置物を眺めた。
「んじゃ、俺はこれにしよっかな!」
『私もこれにしようかな。可愛いし』
「じゃあ僕もそうしようかな。皆もどう?お揃い」
置物を指しながら振り返った周助に皆も賛同し、こちらに集まってきた。
こうして仲間でお揃いの物を持つのなんて久しぶりで、嬉しくて擽ったくて、体が温かくなる。
玉の色は、示し合わせずとも満場一致だった。
青い玉のうさぎの置物の列だけ前方がごっそりと抜け、私はまた小さく笑を零した。
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