10
あれからまた平和に時が流れ、冬休みを終えた私達はまたいつもの学校生活へと戻っていった。
もうじき1月も終わりを迎える。
そんな真冬の朝6時を少し過ぎた頃、私は家を出た。
青学男子テニス部の朝練は毎朝6:50から始まるため、私もそれに合わせて学校へ向かう。
最初は朝早すぎだろ…なんて思っていたが、それもいつの間にか慣れてしまった。
けど、流石に今日は昨日寝るのが遅かったせいか、若干まだ頭がふわふわしている。
「うひぃ…さむ…」
一段と冷え込んでいる今日は、嫌でも頭の中をクリアにしていく程だ。
こんな日に限ってマフラーと兼用していたストールは洗濯中で、冷たい風が首元を通り過ぎ、小さく体が震えると共にちくりと右膝に痛みが走った。
冬はあまり好きでは無い。
人間の構造上仕方の無いことだけど、寒さによって何もしていないのに膝が痛む時があるからだ。
せめて、と背負い直したラケットバッグで首の後ろをガードしつつ、悴む手を擦り合わせながら歩いていると、
「あ」
帰り道に普段別れる交差点で国光とばったり合った。
彼の首元は、ここ最近ではもう見慣れた彼らしい無地の黒いストールマフラーで覆われていて、少し羨ましい。
「おはよう」
「おはよ」
挨拶を交わして並んで歩き出せば、国光の視線が私の首元へと落ちた。
「いつものストールはどうした?」
「昨日膝掛けにしてたら牛乳零して洗濯中」
「お前でも飲み物を零すんだな」
「零すよそりゃあ。人間ですからね」
笑いながらそう返し、逆に国光が飲み物を零すところを想像しようとしたが無理だった。
彼は人間じゃないのかもしれない、なんて我ながら変なことを考え出したのは、眠気のせいだろうか。
内心小さく笑っていれば、ひゅぅ、と後ろから冷たい風が吹いた。
「う……しっかしこの寒い日に限ってさぁ…ツイてないよねぇ」
苦笑しながら言えば、数秒おいて私の前に差し出されたのは黒い厚手の布。
「使うか?」
足が止まり、一瞬ぽかんとそれを見つめた私は、それが先程まで国光が巻いていたストールマフラーだと気づいた。
「えっ、いいよ!?そういうつもりで言ったんじゃないし…!」
「いや、違うな。使ってくれ」
「えぇ…」
言い方がずるいと思う。
使ってくれ、なんて言われたらその好意を受け取らないといけないような気がして。
「…寒くないの?」
「あぁ、問題ない」
依然差し出されたままのそれは、引っ込められることは無さそうだ。
あの時、私にマネージャーになってくれないかと言ってくれた時に差し出された手と、どこか重なって見えた。
「…ごめん」
「謝る必要はない。俺が使って欲しいと思っただけだ」
「じゃあ、ありがとう…」
「あぁ。今日一日使ってくれて構わない」
その言葉は、私が学校にいる間も膝掛けとしてストールを使っていることを知っているからだろう。
「神様か…」
「…何がだ…?」
どちらからともなく歩みを再開させながら、冷えた首元にストールを巻いた。
それはほんのりと温かく、微かに優しい彼の匂いがした。
* * *
放課後。
「今日は名前先輩、生徒会なんスね」
たった今俺が部室のホワイトボードに付け足した、"苗字 生徒会の仕事の為途中出"という一文を見て、桃城が言った。
あぁ、と頷いたのは、少し前に名前と共にたまたま廊下で居合わせた乾だ。
「本来仕事を頼んでいた庶務の子が風邪でダウンしてしまったみたいでね。手塚が行くはずだったんだが、もうすぐランキング戦があるだろう?」
「なるほど。だから手塚の代わりに名前が、ってことか」
部活に出なさい、って名前に言われたんでしょ、と確信したように不二に言われ、俺は頷くしかなかった。
そう、本来なら生徒会室には俺が行くべきであり、最初に先生から声をかけられたのも俺だ。
だがその時偶然一緒にいた名前が、それなら私が、と真っ先に手を挙げた。
勿論断ろうとしたのだが、そろそろランキング戦もあるし今朝のストールのお礼もあるから、と頑なに拒否されて、半分諦めの状態で彼女に頼んだのだ。
「でも、生徒会の会長と副会長がウチの部長とマネージャーだもんな…部活が無い日はあるとはいえ、これからの生徒会、大変じゃないか?」
心配そうに言う河村の言葉は、まさに最近俺が不安視していることでもある。
生徒会の会長と副会長ともなれば、学校内でやるべき事が増えることは確かだ。
同時に、テニスの強豪校とも言われている青学の部長とマネージャーである俺と名前は、部内でもやるべき事が沢山ある。
先程の名前の様子から、そのうち彼女にばかり負担をかけてしまうことになるのでは…という不安がよぎった。
なんと言っても彼女は、他人のことは気にするくせに、自ら助けを求めることを滅多にしないのだ。
「…やはり、俺も行った方がいいか」
着替え途中だった手が止まる。
「うーん…俺が手塚の立場だったらすぐに駆けつけたいとは思うけど…」
「…けど?」
「相手は名前だからなぁ…大丈夫だから部活に戻れ〜って怒られそうだにゃ〜…」
「だよなぁ…」
お互いに苦笑を向ける大石と菊丸。
確かに、彼女からそう言われる未来は容易に想像が出来た。
「さっき先生が話していた内容から察するに、1時間くらいで終わるだろう。すぐ来るさ」
「ふふ、名前なら大丈夫だと思うよ。今日は好意を受け取っておいたら?」
少し悩んだが、乾と不二の言葉に頷いた。
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