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「………」


見上げた時計は、部活終了時間を指している。
しかしここにはまだ名前の姿は無く、俺はちらりと校舎の方へと視線を動かした。


「名前、来なかったね。生徒会の仕事が難航してるのかな」


そんな俺を見てか、いつの間にか隣にいた不二も少し心配そうに校舎を見上げた。
部活前に乾も言っていたが、業務内容的には1時間もあれば終わるはず。
それに、彼女は優秀だ。
仕事はいつも早く終わることの方が多いから、まさか彼女の身に何かあったのでは、とどこか不安が押し寄せるが、部長の俺がここを離れる訳にもいかない。


「手塚」
「…大石」
「あとは片付けだけだし、よかったら先にあがってくれ。俺も心配だしさ」
「そうだね。生徒会のことだったら、キミが行くのが一番良いだろうし」


心配の色を滲ませながら言う大石と、微笑を浮かべてくれた不二に礼を言い、俺は片付けに動き出すコートを後にした。

急いで着替え、生徒会室へ向かう。
コンコン、とノックをしても、中から返事は無い。
いないのか…?
そっとドアを開ければ、そこにはいくつかの積み重ねられた紙の山とノートパソコン。
そして、その前に机に突っ伏して動かない名前の姿があった。


「名前…?」


彼女の元へと向かえば、その肩は規則正しく小さな上下を繰り返していて、顔の半数を覆う腕の隙間からは閉じられた目が見える。
俺の黒いストールを膝に掛けた彼女は、どうやら寝ているようだ。
名前、と呼びかけながら手を伸ばしかけたその時、


『ぅ…』


彼女が小さく身じろいで、俺の心臓が跳ねた。
ゆっくりとその目が開き、頭が持ち上がり、中途半端に伸びたままの俺の手を伝って、随分と力の抜けた目が俺を捉えた。


『…ぁぇ…くにみつ…?』


先程とはどこか違う、とくん、という心臓の鼓動が体を伝った。



* * *



なんで国光が……部活は……部活…


『っああああ!?』


ガタッと机が大きな音を立て、体を鈍い痛みが襲う。


『いったぁ!?』
「…大丈夫か?」
『今何時!?』


慌てて時計を見るのと同時に、部活なら終わった、という声が聞こえた。
やってしまった…!


『うわあああごめん!!』
「いや…」


隣の椅子に国光が座り、少し前に他の生徒会委員の子達がひたすらホチキスで留めまくっていた冊子の束をぱらぱらと捲った。


「一人でやっていたのか?」
『や、冊子の方は他の子達…私はこっちが長引いちゃって…』


そう言って開きっぱなしだったノートパソコンを指させば、国光が画面を覗き込む。
各委員会の活動内容や、先日行った校内アンケートの集計なんかを打ち込むのに思っていたより時間がかかり、先に終わった冊子組は先に帰宅させたことを話せば、国光はなるほどと頷いた。


『でも1時間くらい前には終わってたんだよ…ずっと画面見てたから目が疲れちゃって、ちょっと休憩してから部活行こーって思ったんだけど…』


目をつぶってじっといていたら、いつの間にかぐっすり寝てしまっていたのだ。


『最悪だぁ…部活サボっちゃった…』


罪悪感と共にため息を吐き出しながらノートパソコンの電源を落とし、パタンとそれを閉じた。
明日はグラウンド何周から始まるんだろ…と思いながら、再度自然と零れるため息にかくりと頭が落ちる。
名前、と国光が私を呼んだ。


「昨日寝たのは何時だ」
『…10時』
「嘘をつくな」
『……1時くらい』
「なぜだ」
『………』
「なぜだ」
『……ランキング戦に向けて、皆の練習試合の記録を見返したり色々してたら、気づいたら1時でした…』


今度は国光がため息をついた。


「それで、慌てて牛乳を零したのか」
『う…』


よく覚えていらっしゃる…
説教が始まる、と思えば、私の頭にぽんと何かが乗せられた。
ふと視線を持ち上げれば視界の端からは国光の腕が伸びていて、頭に乗せられたそれは彼の手だということが分かる。
え、と顔を上げれば、それと同時に彼の手が離れていった。


「無理をするなといつも言っているだろう」


こちらに向けられていた彼の顔は、怒っているわけでもなく、呆れでもなく、ただただ心配そうにきゅっと眉が寄せられていた。
ぽかんとそれを見つめていれば、彼の顔はすぐにいつも通りの威厳のある厳しい顔へと変わり、


「今後は勝手に部活記録を持ち帰ることは禁止だ」
『えっ!?』
「必ず俺に許可をとってからにしろ」
『いやっ、でも』
「駄目だ」


キッパリとそう言い放ち、国光が私に手を差し出した。


「今持っている物を全て渡せ」


ひくりと目元が揺れる。
出来る限りの抵抗をしたものの、結局本当に全部国光に奪われてしまった。


「帰るぞ」
『……はぁい』
「不貞腐れるな」
『不貞腐れてませんー』


ふっと小さく国光が笑いながらくるりと背を向ける。


『…笑ったな?』
「珍しくお前が子供のような反応をしたから、ついな」
『まだ子供だもーん』
「…そうだな。早く帰るぞ」
『んー』


パチン、という音と共に、生徒会室の灯りがふわりと落ちた。

ちなみにこの後グループチャットでめちゃくちゃ謝った。


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