本日の朝練も終わり、皆と一緒に昇降口へと向かう道すがら。


「名前様ぁ〜!おはよ〜!」
「おっ、おはようございます名前様っ…!」
「おはよう、名前様」


少し前から、学年関係なしに沢山の女子生徒からこうして声をかけられるのだが…


「っふふ…」
『…笑わないでお願いだから』


何人目かの女子生徒の挨拶に返事をしたところで、ついに周助が小さく吹き出した。


「すっかり定着しちゃったね?名前様」
『周助…』


まだ笑っている彼をジト目で睨むも、反省するどころか更に笑みを深くされる。


「名前様名前様って、よく飽きないよにゃ〜……さっきの子とか、ついこの間まで手塚にお熱じゃなかった?」


ホントに、その通りだよ英二。
テニス強豪校と呼ばれている青学の男子テニス部は、それはもう校内ではすごい人気である。
3年が引退した今、特に凄いのは国光と周助だろうか。
まぁ正直皆顔が良いから人気になるのは当たり前なのだが…


「くくっ、名前先輩、1年の間でも大人気っスよ。王子様〜とか言って。なぁ?」
「…少なくとも、俺のクラスで女子が騒いでんのは聞きましたね」
『まじか…他のレギュラー陣に気移りするのは分かるけど、なんで私なの…』


ぽん、と肩に置かれた手に振り向けば、国光が呆れ半分哀れみ半分の目でこちらを見ていて。


「…困ったことがあったらすぐに言ってくれ」
『困る…いや、まぁ嫌われるよりは全然いいっていうか普通に嬉しいんだけど、こまっ……困ってる、のかなぁこれ……』


でもとりあえず国光と私は生徒会の会長と副会長なわけだし、最悪権力行使で…


「名前が生徒会の権力を使おうと思っている確率、95%程かな」
『う…』
「でも実際に行使する確率は10%にも満たない」
『うっ…』



* * *



桃と薫とは昇降口で分かれ、2年の教室が並ぶ階へと向かう。
一人二人、と徐々に人が減り、私と貞治が7組の前を通り過ぎようとした時だった。


「名前、はよっ」
『あ、海くんおはよ』


私を追い越しながら肩をポンッと叩いていく彼は、同じクラスの水瀬海くん。
2年生への進級と同時に転校して来た子で、帰宅部ではあるが、顔&スタイル良し、運動神経良し、明るく優しい……男テニ以外では珍しく女子に人気のある生徒だ。
最初の席替えの時に席が隣になってから話すようになり、そこからこうして毎朝挨拶をしてくれるようになった。
今日も爽やかだなぁ、なんて思いながら、私も貞治と分かれて海くんの後を追うように8組の教室へと入った。


「あっ!名前様!おはよ!」
「朝練お疲れ様〜っ」
『おはよ、いつもありがとう』


普通に挨拶を返すだけで、彼女達は照れたようにきゃぁと小さな声を上げる。
クラスでのこのやりとりはなんとなく慣れた。
慣れたくない気もするけど。


「今日も大人気だな、名前様」
『海くん…』


にひひと笑う彼を睨めば、悪ぃ悪ぃ、と思ってなさそうな返事が返ってくる。


「にしても、お前の女子からの人気は男子としてはちょっと悔しいよなぁ…俺、これでも女子から人気あるんだぜー?」
『皆ー、海くんがかっこいいって言って欲しいってー』


棒読みでそう言えば、ノリのいいクラスメイト達は一斉に海くんへのラブコールを始めてくれる。


「きゃーっ!!海くんかっこいー!!!」
「海ー!!!愛してるぞー!!!」
「ちょっ、男のはいらねぇよ!!」


裏声を使う男子や、逆に野太い声を出す男子に海くんが突っ込み、ドッと盛り上がる教室に私も笑いながら席へと向かった。



* * *



朝は部活仲間と、日中はクラスメイトと、放課後はまた部活仲間と。
最近謎に海くんが話しかけてくる頻度が増え、同時にこれまた謎にうちのレギュラー陣とのエンカウント率も増えた(主に貞治と国光と周助)のだが、平和で楽しい日々が続き、そろそろ冬の終わりがやってくる。
この時期になると学校中が色めき立つのは当然で、女子も男子もどこかそわそわと日常を送っていた。
2月、バレンタインの時期だ。


「なぁ、名前も誰かにチョコあげんの?」


部活に行く為に荷物をラケットバッグにしまっていると、私の前の席の椅子に後ろ向きで座っていた海くんが言った。
教室中がしんと静まり返る。


「ぶっ…!!お前ら名前の話に敏感すぎだろ!」


そんな中での海くんの言葉に、教室はざわざわと落ち着きを取り戻していく。
…私が望まない方向で。


「私も気になる…!誰かにあげるのっ?」
「名前様からのチョコ欲しい〜!!」
「ていうかむしろあげたいっ!!」
「俺も欲しい!」
「はぁ!?お前彼女いるだろ!俺が貰う!」
「いや俺だな!」
「ちょっと男子うるさい!」


『………』
「な、なんか悪ぃ…」


はぁ、と頭を抱えた私に、海くんは今度は割と反省している様子だ。


『私これでも一応生徒会だからね?副会長が学校に持って来れる訳ないでしょ』
「真面目か…」
『てことで、私は誰にもあげない予定です』


とは言ったが、一応内緒で部活用には持って来るつもりではある。
まぁ国光も少しくらいは目をつぶってくれるだろうと信じて。


『じゃ、また明日ね』


そう言ってラケットバッグを背負い、クラスメイト達にも挨拶しながら教室を一歩出た時、


「あ、名前!」
『ん?』
「忘れ物」
『え…?』


私の手に小さく折りたたまれた紙を乗せた海くんは、じゃ、部活頑張ってなー!とにかりと笑い教室へと戻って行った。


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