国光におぶられる私、そして生徒指導の先生、という3点セットは嫌でも人目を引くには十分な組み合わせで、行き交う生徒達からの視線がすごい。
ただ、国光が発する異様な雰囲気のせいなのか、険しい顔をした生徒指導の先生がいるからか、近寄ってくる人がいなかったのが唯一の救いだった。
保健室に着きベッドに降ろしてもらうと、大まかな事情を聞いた保健医の先生が、袋に入れられた氷をタオルで包んだものをすぐに持ってきてくれた。
シャッとカーテンが閉められる。


「ちょっと触るわね。痛かったらすぐに言って」
『はい…』


先生からの触診を受けている間に、カーテンの向こうでは国光が生徒指導の先生に自身が見聞きしたことを説明している。


「やっぱり、どっちも腫れてるわね。足の方が痛い?」
『そう、ですね』
「骨に影響はないと思うけど、恐らく内出血をしているから暫くは青アザになっちゃうわね…」


全く、女の子になんてことしたのよ、とプリプリ怒りながら先生はカーテンの隙間から出ていった。
少しして、湿布と包帯を持って戻ってきた先生は、まず湿布を私の二の腕と腿に貼ってくれた。
そしてその上から少しキツめに包帯を巻いていく。
あー…腕は制服で隠れるけど、足の方はスカートの裾から見えるなぁこれ…


「お家に湿布と包帯はある?」
『湿布はあるんですが…スポーツ用のテーピングとかなら…』
「うーん…本当は圧迫用のサポーターがあるのが一番いいんだけど……一応、この包帯あげるわね」
『すみません、ありがとうございます…』


新しい包帯を受け取り、制服を直し、先生から、

今日は幹部をよく冷やして適度に圧迫すること。
冷やしすぎにも、圧迫しすぎにも注意すること。
もし何か違和感があればすぐに病院に行くこと。

と伝えられ、シャッとカーテンが開かれた。

生徒指導の先生と国光の視線が私に向けられ、それから左腿に巻かれた包帯へと移る。
国光の表情が僅かに険しく、曇った。
手塚くん、と保険医の先生に声をかけられ、国光が小さく返事をした。


「苗字さん、テニス部のマネージャーよね」
「そうですが…」
「いい?苗字さんも。部活に出るか出ないかは本人次第だし、出るなとは言わないわ。でも、出るにしても暫くは安静にね。少し歩き回るくらいならいいけれど、患部に負荷をかけすぎないように。手塚くんは、部長としてしっかり見ていてね」
「はい、勿論です」


その会話に、そりゃそうだよなぁ、と気が落ちていく。
ただでさえ右足が自由に使えないのに、左足まで…
まぁ右足と違ってそのうち治るから、まだマシだろうか。
でもまた、暫くはテニスが出来なくなるのか…


「苗字」


生徒指導の先生に呼ばれ、返事をしながら立ち上がろうとすれば、そのままでいいと止められた。


「気持ち的には、どうだ?落ち着いて話せそうか?」
『さっきの件に関しては全然大丈夫です。暫くテニスが出来そうにないのが一番しんどいですね、今は…』
「そ、そうか…それはまぁ、残念だが…安静にしていてくれ」


それから生徒指導の先生に詳しく事情を伝え、海くんの処分に関しては追って連絡をする、ということになった。
また、親御さんへの連絡は、という話になったのだが、両親は海外だし祖父母に要らぬ心配もかけたくなかったし、学校内でそんなに大事にもしたくなかったしで、出来ればこの場限りでという被害者である私の意見を尊重してもらうことにした。
国光は不満そうな顔をしていたが、そんなこんなで一旦この場は解散となった。



* * *



もう歩ける、という私の言葉はばっさり切り落とされ、私はまた国光におぶられながら当初の目的地である4階へと向かっていた。
ちらちらとこちらを遠巻きに見る生徒達の視線が痛すぎてひたすら俯いていれば、やがて辺りはしんとした空気に包まれる。
4階は移動教室用の空き教室が並んでいるから、放課後になると基本ここには誰もいない。
階段を登りきったところで、漸く顔を上げることが出来た。


『はぁ…』
「ため息をつきたいのは俺の方だ」
『う…』


つい漏れてしまったため息に、ぴたりと足を止めた国光から即座に突っ込みのようなものが入った。


「先生に用があると言っていたな、お前は」
『…ごめんなさい』
「アイツには気をつけろ、とも伝えたはずだ」
『……はい』
「何故言わなかった」
『…貰った手紙に、誰にも言わないで、一人で来て欲しいって書いてあったから…』


はぁ、と目の前からため息が聞こえた。


「お前は、もう少し危機感というものを持て」
『持ってる、つもりなんですけどね…』
「持っていたらこんなことにはなっていない」
『はい…ごもっともです…』


国光がそっと私を降ろし、私がしっかりと地に足を着けたのを確認してから、振り返りながら立ち上がった。
下げられたままの視線は、足に巻かれた包帯に向けられている。
相変わらず眉間には皺が寄っているがどこか苦しそうな表情で、正直、視線を合わせるのが申し訳なくて、私の視線も斜め下の宙をうろうろとさ迷ってしまう。


「昨日の帰り際、お前が水瀬から何かを受け取っていたところは、俺も乾も見ていた」
『え…』
「あの時、…帰り道でも、一緒に確認しておけばこんなことにはならなかった」


まるで自分の責任とでも言うような後悔の念が含まれた彼の言葉に、私は慌てて首を振った。


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