2人並んでゆっくりと廊下を進み、国光が皆が待つ教室のドアを開けた。
やけに静かなそこに国光に続いて中へ入れば、全員が全員、揃ってこちらを向いていて。


「っ名前…!!」


弾かれたように英二が立ち上がり、それを先頭に他の皆も一斉に立ち上がってこちらへ向かってきた。


『ご迷惑をおかけしました…』
「とりあえず座らせてやれ」


改めて皆で適当な机に座り、私から今回の経緯と怪我の状況を皆に説明していく。
最後まで話し終えた教室の空気はそれはもうどん底で。
本来ならここで、わいわい楽しく勉強会をするはずだったのに。


『本当に、ごめんなさい…』


絞り出すように言えば、衣擦れの音が聞こえた。
顔を上げると私の前には貞治が立っていて。


「こうなる事は予測はしていた。しておいて、それを名前に伝えなかった俺の責任だ」
『違うよ。聞いたよ、全部…国光から』
「………」
『私も貞治に相談しようか迷ったんだけど、結局しなかった私が悪いんだもん。だから、ありがとう』


そのメガネの奥で、貞治がどこを見ているのかは分からない。
けれど、私の言葉はちゃんと届いたと思う。
今度は周助に視線を移し、少しでも安心出来るように微笑んで見せた。


『周助も、聞いたよ。ありがとね』
「名前…」


そして、沈んだ顔をする仲間達へと視線を動かしていく。


『この通り、暫くテニスはできそうにないけど…今回こうして皆が必死に私を探してくれたんだって思うと、なんか…迷惑かけておいて言うのも変だけど…へへ、嬉しいや』


当たり前じゃないか、とタカさんが困ったように笑い、皆の視線が彼に移る。


「俺達が普段どれだけ名前ちゃんに支えられているか……だからこそ、俺達だって名前ちゃんを支えたいし、心配だってするよ。仲間なんだから」
『タカさん…』


彼の真っ直ぐな言葉が胸に響く。


「そッスよ、名前先輩。ほーんと、先輩って普段はめっちゃ大人な感じなのに、変な所で目が離せねぇっつーか…」
『ぅえ…』
「それに関しては、俺も同感ッスよ」
『薫まで…』


年下2人に言われ、なんだか身が縮んでいく気分だ。


「乾、屋上はあの後どうなった」
「彼は目を覚ましてすぐ先生達に連れていかれたよ。あの様子じゃあ暫く謹慎処分にはなるだろう」
「それだけ!?名前を2回も殴っておいて…!!」


強く拳を握る英二がぎゅっと眉を吊り上げ、わなわなと震えている。
5発くらい殴ってやりたいくらい!と騒ぐ英二を秀がなだめた。


「アイツに関しては、名前が…」


と、先程の事を思い出したのか、やはり不満そうな顔で国光が私を見る。


『今回のことは大事にしたくなかったから、とりあえずこの場だけの話にしてもらった』


私がそう言えば、各方面からえっという驚きの声が上がる。
先程生徒指導の先生にしたのと同じ話を彼らにも伝えれば、各々不満は残しつつも、名前が言うなら、としぶしぶ了解してくれた。


『でも、彼の処遇は先生達に任せてるよ』
「彼の行いに関してはこれで3度目になる。恐らく、学級が終わるまで謹慎処分、そして3年の進級と共に転校…になるんじゃないかな。その後どうなるかは知らないけど」
「てことは、彼はもう学校には…?」
「来たとしても、両親と共に生徒指導室だろうね」


そっか、とどこか安心したような、それでもまだ不服そうな顔をした彼ら。
静かになった教室に、とりあえず、と国光の声が僅かに反響した。


「今日は勉強会ではなく、今後のことについて話そう」



* * *



話し合いの中で聞いたことによると、どうやら今回の勉強会も部活の無い放課後に私をなるべく一人にさせないようにと、貞治が計画したものだったらしい。
今朝国光から誘いを受けた時にも少し思ったが、やはりというべきか、流石は貞治だと思った。

そして、今回の件に関しては、一旦は他言無用。
私のマネージャー業は休みにはせず、無理のない範囲で出来ることだけ、ということになった。
最初は暫く休みという方向で話が進んでいたのだが、私が拒否したこともあるし、登下校に誰かしらが一緒にいた方がいいのでは、ということで朝練も放課後の部活も参加することが許され(?)た。
怪我に関しては隠すことなく部員たちにも伝えて、細心の注意を払うようにしてもらう予定だ。
ただ怪我の経緯は正直に話す訳にもいかず、階段で転んで出来た打撲、ということにさせてもらった。

そんなこんなで話し合いは終わり、皆もちらほらいつものテンションを取り戻し、勉強会は改めてまた、ということに。
今日の勉強会が無くなって内心喜んでいたようだった英二と桃はぶーぶー不満を言っていたが、国光と秀から一蹴されて落ち込んでいた。

帰り道、なんとなく歩き方のコツは掴んだが、それでもいつもよりゆっくりになる歩調に合わせて歩いてくれ、代わる代わる気遣ってくれる皆は本当に優しいと思う。
徐々に別れていくメンバーに都度手を振り、最後は私と国光だけが残った。


「家まで送る」
『言うと思った』


ぴくりと僅かに動きを鈍らせた彼に、ふふ、と笑みが漏れる。
そんな彼の背には、私のラケットバッグも背負われている。


『今までは申し訳ないなって思ってたけど、これからは皆の好意はなるべく有難く頂戴することにした』
「…ほう?」
『てことで、家までお付き合いお願いします』


勿論だ、と国光が小さく笑う。
なんとなくだが、国光の表情も少しずつ見えるようになってきた。
全く変わらないように見えて、案外微妙に、極僅かではあるが、顔の筋肉が動いているのが分かる。


『明日の朝も交差点で待ってるでしょ?』


そう言えば彼は僅かに驚いたようにこちらを見て、


「あぁ」


と小さく言った。


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