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一球目の名前ちゃんのサーブは、俺達が普段良く見ている強力なスピンがかけられたサーブ。
良く見ているからこそ、手塚もすぐに右サイドへ走り出した。
跳ね際を打ち返し、ボールはストレートに飛んでいく。
ボールが返った場所ではもう既に名前ちゃんが左足を大きく後ろに引いていて、
「あ…!」
聞こえた桃の声に重なるように打球音が響いたかと思えば、反対コーナーギリギリに名前ちゃんの打ち返した球が炸裂した。
数ヶ月前に桃との初めての打ち合いで見せた、あのパワーショットだ。
ガシャンとフェンスが大きな音を立てる。
「ふぃ、15-0…」
真っ直ぐ立った名前ちゃんがすっとラケットを手塚に向け、挑発するように笑った。
「遠慮しなくていいよ」
「…そのようだな」
手塚が構え、名前ちゃんがサーブを打ち、お互い譲らないラリーが続いていく。
自分が今審判をしていることさえ忘れそうな、呼吸さえも忘れてしまいそうな、目が奪われる打ち合いだ。
いつの間にか、ベンチにいる彼らの話し声も聞こえなくなっていた。
ライン際でのラリーが続く中で、先に勝負を仕掛けたのは名前ちゃんだった。
とん、と小さな音を立て、ボールがネット際へと落ちていく。
が、手塚の反応も早く、名前ちゃんが打つのと同時に前へと走り出していた。
「流石、反応が早い」
持ち上げるようにトップスピンをかけた球を返し、そのまま手塚はネットへ着く。
名前ちゃんはどう返すのだろうか。
バックハンドを狙ってストレートか、もしくはロブで上を抜くか…
と、名前ちゃんが今まで見たことの無い構えをとった。
ラケットを肩の高さ程まで上げ、右足を半歩後ろに下げた彼女は、一番高い打点にきた球をまさかの手塚の打ちやすそうな位置へと返球した。
「えっ!?」
「なんで…!?」
流石にベンチからも声が上がる。
これでは手塚に決められてしまう。
手塚のラケットの中心が名前ちゃんからの球を捉え、そのままボレーを決め……
「!」
手塚が驚いたように上を見上げた。
球は真っ直ぐ名前ちゃんのコートに突き刺さるかと思いきや、ふわりと緩い弧を描いて宙を舞う。
普段スマッシュの練習時に出すような浅いロブが、まるで、高く掲げられた彼女の左手に手繰り寄せられるかのように、名前ちゃんの元へと返っていく。
ラケットを振り上げた名前ちゃんがにぃと口端を吊り上げた。
「now, I'll get you lost.(さぁ、迷わせてあげる)」
ラケットが振り抜かれるのと同時に、手塚が左へと動いた。
しかし聞こえたのは空を切る音。
勢いのままにくるりと左足でターンをした名前ちゃんは、振り抜き後のラケットの反対面でまだ落下を続けていたボールをトンと叩いた。
「!」
ズザッ、と手塚の足が地を踏み締める。
反対へ駆け出そうと体の向きを変えるが、手塚が動くよりも先にボールは2度、コートを跳ねた。
「さ、サーティ、ラブ…」
なんて、試合だ…
こんな凄い試合が、たったの2ゲームしか見られないなんて。
「…これが、お前の本来のプレイスタイル…傀儡師の由縁か」
「国光!」
「………」
「having fun?(楽しんでる?)」
「!…あぁ」
手塚の表情に思わず目を見開いた。
厳格な、責任を纏う部長としてではなく、純粋にテニスを楽しむ者がそこにはいた。
「いくよー!」
「来い!」
あの手塚があそこまで表情を変えたのを見たのはいつぶりだろう。
いや、初めてかもしれない。
そして勿論その対面には笑顔の名前ちゃんがいて。
さっきまでのピリピリしていた空気がいつの間にか嘘みたいに溶け、ただただ青春を切り取ったような、圧巻されるプレイが続いていく。
「ゲーム…!ウォンバイ 苗字 1-0!チェンジコート!」
コートチェンジのために2人がベンチに戻って来た。
途端に、思い出したかのようにこちらの時も動き出していく。
別コートから、外野から、爆発的な歓声や応援の声にキンと耳が痛んで、思わず凄いなと苦笑した。
「すっ、凄いよ2人共…!!」
英二がキラキラと目を輝かせ2人を出迎えた。
「惜しかったね手塚、後半盛り返したのに。久しぶりに、キミにしては珍しい姿が見れて楽しいよ」
「…そうか」
「名前ちゃんも凄いよ!手塚から1ゲームとっちゃうなんて!」
「いや〜…取られるかと思ったけど…」
「この1ゲームだけでこんなにもデータを集められるとは、驚きだな」
「す、すげぇな…」
「…あぁ…」
わいわいと盛り上がるベンチ陣だが、俺はやっぱり心配にもなってしまう。
「名前ちゃん、足は大丈夫…?」
ん?とこちらを見上げた名前ちゃんが、にっこりと笑った。
「大丈夫!ありがとう、秀」
「なら、いいけど…」
俺が心配なのは、もう一人いるんだ…
ちら、と手塚を見れば、俺の視線に気づいた手塚が小さく首を振る。
何も言うな、という事だろうか。
頼むから、何事もなく終わってくれ。
その圧倒的なプレイで忘れそうになるけれど、キミ達は…右膝にハンデを負う者と、左肘にハンデを負う者。
2人共、無茶だけはしないでくれよ、頼むから…
「ゲームカウント 0-1 手塚 サービスプレイ!」
今度は手塚のサーブからゲームが始まる。
「っ!」
「!」
手塚から放たれた打球は、超スピードで名前ちゃんの真横を駆け抜けていった。
「15-0…!」
い、いきなり本気で打ってないか手塚のやつ…
「どうした?見送るとは意外だな」
珍しく挑発してるし…!?
「…I'll pay back, next time.(次は、ちゃんと返してあげるよ)」
英語は得意な方なんだけど、発音が良すぎてよく分からなかった…
バック…ネクストタイムって言ってた気がしたから、次は返す、みたいことを言ったのだろう。
挑発的に笑う名前ちゃんに、思わずお腹を抑えた。
あぁ…胃が痛い…
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