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「40-30!」


1ゲーム目は名前ちゃんリードの40-30だったが、この2ゲーム目は手塚が一歩リードしている。
ここで決まるか、もしくはデュースに持ち込まれるか…
手塚がサーブを放ち、名前ちゃんが返し、探り合うようなラリーを続けていく。

たったの2ゲームなのに、2人共凄い汗だ。
名前ちゃんの膝は大丈夫かな…
若干庇っている節はあるものの、それでも事情を知っている人が見なければ分からないレベルだ。
あの本気とも言える手塚を相手にこれだけのプレイをしていると考えると、相当の負荷がかかっているのではないだろうか。
知らず知らずのうちに握りしめた拳に力が入ってしまう。
怪我だけはしないでくれよ…


「名前!」
「…?」


手塚がラケットを顔の横へと持ち上げた。
どくんと俺の心臓が音を立てる。
その構えは…手塚、まさか…


「あれは…」
「桃、海堂、瞬きしない方がいい。滅多に見れないものが見れるよ」
「「え…?」」


真っ直ぐ手塚を見据えたまま後輩2人に静かに言う不二の声は、どこかゾクリとする雰囲気を纏っていて。
なんでこうもこの2人は、身を削ることしかしないんだ。


「普段のお前の言葉を、そのまま返そう」
「へっ?」


どこへ跳ねると思う?


手塚がラケットを静かに振り下ろした。


「!!」


名前ちゃんが急いで前に出た。
あと少しで届く、と思ったその時、一瞬右足が突っかかったようにたたらを踏み、転びはしなかったものの、かくりとその場に膝を着いた。
慌てて顔を上げた名前ちゃんの視線の先で、トン、とボールがネット際へ落ちる。
それは跳ねることなく、コロコロと転がってネットを小さく揺らした。

零式ドロップショット…手塚の伝家の宝刀と言われている技。


「っ…ゲーム手塚 1-1!」


辺り一面の歓声の中、飛び降りるように急いで主審台を降り、名前ちゃんの元へ走った。


「名前ちゃん…!」


未だに片膝を着いたまま、じっと地面を見つめている名前ちゃんからの返事は無い。
再度名前を呼びながらしゃがみ、その顔を覗き込んだ。


「!」


笑っ、てる…?
確かに、その端を持ち上げていた彼女の口から、ふはっ、と声が漏れ、名前ちゃんは尻もちを着くように後ろへ重心を倒して両足をコートへ投げ出した。


「ふふはははっ…言い返されるとは思わなかったなぁ」


手塚がゆっくりと歩いてくる。
ネット越しに、手塚の手が名前ちゃんへと差し出された。
それに気づいた名前ちゃんは左足を軸によっと立ち上がり、両手の砂を払ってから同じように手を差し出した。


「楽しかった?」
「…お前は」
「楽しかった!」
「そうか。…俺もだ」


しっかりと握手を交わし、手塚が先にコートを出てベンチへと向かう。
名前ちゃんもそれに続いて歩き出した、のはいいのだが…


「…名前ちゃん」
「わ、」


その歩き方は、どう見ても右足を庇っているのをばれないようにしている歩き方だ。
彼女の背中にそっと手を添えれば、彼女は少し驚いたように俺を振り返った。


「また無茶して…!ほら、捕まって」
「あ、ありがとう…」


彼女の左手から伝わるびっくりするほど軽い重さを支えながら、ベンチに戻った。



* * *



秀に支えられながらベンチに腰を下ろせば、興奮した、でも心配そうな表情の皆に囲まれた。


「で?膝は?」


珍しく怒っている様子の秀は、正直いつも眉間に皺を寄せている国光より怖いかもしれない。


「…い…痛い、です…」
「あの手塚相手にあんなプレイしてたら当たり前だろう!」
「す、すいません…」


周りに変に思われちゃうからもう少し声を落として欲しい、なんて言える訳もなく、全く…!と両目を吊り上げる彼に身を縮こませていると、頭にふわりとタオルがかけられた。


「積もる話もあるだろうけど、まずは汗を拭いた方がいい。体が冷えたら風邪をひくよ」
「ありがとう…!」


貞治が神に見える。
ぽんぽんと顔の汗を拭いていると、


「名前、少し話がある」


先程まで反対側のベンチにいた国光が、いつの間にか私の側に立っていた。


「…部室?」
「あぁ。大石、一緒に来てくれ」
「……分かった」


なんだか雰囲気の違う国光の声と、それに応えた秀との間に生まれた張り詰めたような空気。
なんだろう、少し胸がザワザワする。


「歩けるか?」
「大丈夫」
「手、貸そうか…?」
「…ううん、自分で歩くよ」


なんとなく、自分の力で歩かなきゃいけない気がした。



* * *



レギュラー陣にはスケジュール通り練習試合を続けていろという指示を出し、私と国光と秀の3人で部室に向かった。
机を挟んで私と対面するように座る2人から、特に秀からは、なんとも言えない重々しい空気が漂ってきて、若干の居心地の悪ささえ感じてしまう。
何だろう…秀は何か知ってるんだろうか。
国光が深く息を吸い、そして鼻からゆっくりと空気を流した。


「お前に話しておくことがある」
「な、何…?」
「今までタイミングが掴めず、ここまで先延ばしにしてしまってすまない」
「え…?」


そして国光の口から語られたのは、彼の1年時に起きたとある事故の話。


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