12


何から話したらいいものか。
口を閉ざした国光と、その隣で心配そうに私達の様子を伺う秀。


「…えっと……」


声に出してしまったことで、2人の視線が私に刺さる。
何か言わなきゃ、でも、何を?
以前桃と薫に私の話を打ち明けた時、2人はきっと今の私と同じ感情だったのかもしれない。

ちら、と視線がいくのは、机の上で組まれた彼の腕。
1年生の時に先輩にラケットで殴られ、彼は左肘を負傷した。
それなのに無茶で過酷なトレーニングを続け、その怪我が起爆剤となって肘を故障、とは…
まさか彼に、自分と同じようなハンデがあったなんて思いもしなかった。

普段の練習から見ても、彼のずば抜けた強さは良く分かる。
そんな中で行われた先程の打ち合いで、彼のプレイは故障なんて微塵も感じさせない程で。
普段の心配加減もどこへいったのかと思うほどの、正々堂々正面からの打ち合いを彼はしてくれた。
私を、"苗字名前"という一人のプレイヤーとして向き合ってくれた。
それはきっと、同じようなハンデを抱える者として、彼が私の思いを良く理解してくれていたからなのだろう。
だからこそ、彼はいつもあんなに私を気にかけてくれていたんだ。


「…ありがとう」


自然と、素直な思いが口から零れていく。


「国光のお陰で、久しぶりに純粋にテニスを楽しんでた頃の自分に会えた。膝の痛みなんて忘れるくらい」


あの時…私が同じように過去を打ち明けた時、後輩2人は笑って私を称えてくれた。
そして自分の弱さをバネにした。
今ならその気持ちが良く分かる。
ハンデを負い、テニスから逃げ出した私と、それでも尚テニスと向き合った彼。
…精市といい、なんて強いんだろう。


「…国光はやっぱ、すごいや」


国光が驚いたように目を開いた。
あの時の私もきっとこんな顔をしていたんだろうなと思うと、なんだか少し笑えてくる。



* * *



正直、怒られるかと思った。
でも彼女から出た言葉は、ありがとうという感謝を伝える五文字。
そして、俺を称える心からの言葉だった。
改めて思う。
彼女は強い、何もかも。
そしてその強さの奥には、隠された脆さがある。


「………」


今回彼女に打ち合いを申し出たのは自分でもよく分からない。
足という、テニスプレイヤーとしては重要な部位にハンデを負う彼女をあまり無理をさせたくなくて、自ら打ち合いを申し出ることもしなかったし、その日の様子を見て当てる相手を選んでいたつもりだった。
でも今日、一週間ぶりということもあって楽しそうに大石と打ち合いをする彼女に引っ張られたのかは分からないが、体が勝手に前に出て、気づいたら打ち合いを申し込んでいた。
言ってから失敗したとすぐ止めようと思ったが、自分との打ち合いをあれほどまでに嬉しそうに了承してくれた彼女を見たら、もう引き返せないと諦めた。

初めは気遣いながらやろうと思った打ち合いだったが、遠慮しなくていい、と言い放ったあの強い意志を持った目に、彼女自身に、どこか自分が重なって見えた。
勝負に情けは無用。
少し前に彼女が大石に言っていた言葉を思い出した。
ならば、こちらも今出せる全力を尽くそう。
それが今の俺に出来る、精一杯の名前への礼だったから。


「俺は…」


ハンデを負いながらも、それを微塵にも感じさせない名前のプレイは素直に美しいものだと思った。
楽しそうにボールを操り、俺を翻弄させる彼女の姿はまさに、観客を魅了させる"傀儡師"という異名が相応しい。
そんな彼女との打ち合いの中で久しぶりに感じた身を焦がすような熱は、確かに"楽しい"という感情だった。


「俺は、お前の方が凄いと思う」


柱として青学を引っ張っていくという責任にいつの間にか覆い隠されていた本来の感情を、こんなにも容易く救い上げてくれた。
だからこそ、彼女の強さの奥に隠された脆さを、今度は俺が救い上げたいと思った。


「お前が青学にいてくれて良かった」


しっかりと彼女の目を見てそう言えば、彼女は驚いたように目を見開き、そして少し泣きそうな顔で照れくさそうにはにかんだ。



* * *



「いててて…」
「全く無茶ばっかりして…!」


普段常に着ているジャージの上下を脱ぎ、珍しいTシャツ短パン姿になった名前ちゃんの手足は、見ているだけでも心配になってしまう。
いつもは右膝のサポーターだけだが、今は例の件のせいで左腕と左足にも大きな絆創膏が貼られている。
薄着になったからこそ分かる彼女の身体は、俺たちとは比べ物にならないほど細くて白くて、落としただけですぐに壊れてしまいそうな陶器を彷彿とさせる。


「正々堂々やったんだから名誉の負傷だよ」
「名誉の負傷じゃなくて、元々負傷してるとこじゃないか!」


いてて、と言いながら右膝にサポーターを巻き直している名前ちゃんに溜まっていた不安と心配を言葉にしても、ぶーぶーと英二のように軽く口を尖らせるだけ。
最近なんだか名前ちゃんの言動が少し幼くなったような気がするのは俺だけだろうか。
少しでも距離が縮んだのかなと思うと嬉しくはあるが、それとこれとは話が別だ。


「…大石、その辺に」
「手塚!キミもだよ!そんな肘であのドロップショットを打つなんて!」
「いや、あれは…正々堂々と…」
「2人共!それで悪化したらどうするんだ!」


んははっ!と名前ちゃんが吹き出し、何かと思って見てみれば、彼女の目は緩く弧を描いて俺を見ていて。


「秀、お母さんみたいだね?」
「お、お母さん…!?」
「うん。心配性のお母さんみたい」


予想外の言葉に、俺が言葉に詰まってしまう。
そんな俺を名前ちゃんはまた笑い、腕の剥がれかかった絆創膏をぺりぺりと剥がした。


「お母さん、腕の絆創膏貼るの手伝ってー」
「え、あ、あぁ…」


…お母さん、か。
なら、お母さんらしくしっかりとこの危なっかしい2人を見守らないとだな…


「こりゃ大変だ…」
「お母さーん?」
「…なんでもないよ。絆創膏、貸して」


痛々しい程に青く変色した彼女の肌を隠すように、そっと絆創膏を乗せた。


back